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天天
2008-03-09 Sun 00:59
始めは、ひどく曖昧な意識だけが、その剣士に与えられた全てだった。
 そんな剣士にとって、宮本武蔵玄信という名の剣豪は、親であり師であり――――およそ自らにとっての全てであった。この男のために生き、この男と共に死ぬ。それは曖昧な意識の中で、剣士が確固として理解した“事実”であったのだ。
 その事実と共に、一つの感情を彼と共有する
 その感情の名は、自噴。自らの身体をばらばらにしてしまいたくなるような怒り。武蔵玄信とは、そんな錘を常に腹の底に抱えている男であった。真っ赤になるまで熱せられた、鋼の錘である。臓腑を焼き、肉の焦げる嫌な臭いを口から吐きながら――――それでも武蔵は、剣士を見捨てる事だけはしなかった。
 だから、剣士は己の存在を恥じ、自らに怒りを覚えた。当然だ。男が感じていた怒りとは他でもなく、彼の傍に侍る己の存在に端を発していたのだから。
 剣士は、武蔵玄信と共に剣に生きることを宿命付けられた存在である。そもその生誕の理由からして、ただ一人の男のために剣を振るべく生み出されたのだ。だというのに、剣を振るうどころか持つことすら出来ないというのだから、武蔵がそんな自分を疎ましく思い、そんな存在を傍に置かざるを得ない自らを嘆くのも当然だと、そう思った。
 
 そんな自分は、いっそ消えてしまえばよい、と。

 そんな思いを伝える術すらなかったのに、剣士がそんなことを考えると、決まって武蔵は苦笑し。

「気にするな。まだまだ先は長い」

 自らの怒りを恥じるように、剣士の身体を優しく叩いた。

 いずれお前も、必ず人を斬れるようになる。

 宮本武蔵玄信とは、そんな物騒な慰め方をする男だったと、剣士は言った。







 ※※※※※※※※※※







「始めはな。童の頃の、馬鹿げた思いつきだった」
 
 静かに、『セイバー』は語り始めた。月の光すら隠れたこの場に、その言葉を遮るものは無い。円蔵山柳洞寺山門前。六度目の戦争の最終舞台は、耳の痛くなるような静寂に包まれている。
 良い夜である。こんな夜に、えてして人は饒舌になる。それは、天下無双と謳われた男も変わらない。

「二刀を担えば、数の上で一刀より有利となる。左右の刃で、受け止めると同時に相手を斬る――――本当にな。当時の儂には、それが天啓にすら思えたのよ」

 僅かに照れたように剣士は微笑した。それにつられる様に、アサシンの口の端が歪む。
 成る程、それは確かに、童が考えそうなことだった。
 いや。
 “剣”を僅かにでも知ったものであれば、最早そのようなことは考えられなくなると言ったほうが正しいか。
 

「その思い付きを、貴様は実現させえたのか?『セイバー』」

「まさか。できはせぬさ、アサシン。そんなことが、できるはずがなかった」

 それは、幼子が見た剣の理想であり。
 無知ゆえに思い描くことを許された、夢物語にすぎない。
 その笑みを自嘲へと変え、天下無双は頷く。

「肉体(からだ)は問題ない。生涯を賭ければ、二刀を振るうに不足無いモノに鍛え上げられるだろうことは判っていた。
 ……だが、こちらの方がどうにもならんのさ」

 触れる、というには少々強すぎる力で、太刀の柄で自らのこめかみを抉る『セイバー』。
 そのまま、ごん、と自らの頭を殴りつけ、溜息を一つ洩らす。

「脳がな、追い着かん。二刀を担えば、どうしたところで思考が左右に分散することは避けられん。
 かといって、太刀、脇差とそれぞれ思考を切り替えては、それはそもそも同時ではない」

 何か思い出すことでもあったのか。『セイバー』はその精悍な顔を、忌々しそうに歪めた。

「ならば手段は一つ。可能な限り、思考の速度を上げる以外に無い。鍛え上げればいつか差異は無になると、そう信じた」

 右と左。太刀と脇差。その二つに対する思考の高速化。それこそが自らの剣の完成に至る道だと、彼は信じたのか。

 瞬息を刹那に。
 やがては六徳を経て虚空となり。
 ついには涅槃寂静へと至る。

 人が至ることの出来る、最短の果て。それすらも超越した、名を付ける意味すらも見出されることのない領域。そこに、きっと生前の彼は踏み込んでいた。
 けれど。

「無理だったのさ、アサシン。どれほど己を鍛えようと――――いや、鍛えれば鍛えるほどに、その差は明確になっていった」

 限りなく近付きはすれど、それは決して零にはならず。
 常人が、達人が、あるいは剣聖とまで呼ばれた存在の目にすら同時としか映らぬ二刀が、しかして真実そうでないことを、この男だけが知っていた。
 その僅かな差を。
 己が理想との決定的なズレを、この男はどうしても良しとすることができなかった。



「――――結論は一つだ。二刀を真実同時に、それぞれを一刀の如く自由自在に振るうことなどできはせん。
 少なくとも、儂にはその才が無かった」


 『両手に物を取ること、左右ともに自在とは叶ひがたし』


 僅かに目を細め、自らを非才と断じた男を、「おろか」と誰かが罵った。
 それは彼の言葉に耳を傾けていたアサシンかもしれぬし、ざわめく周囲の木々であったかもしれない。あるいは雲に隠れた月が洩らした言葉であったのかも。
 ――――なんと愚かしい男か。
 二刀などに頓着せず、正道を歩もうと、そなたは無敵であったのに。
 理の内で二刀を研鑽すれば、自在にあらずとも、そなたは不敗であったのに。
 
 その全てを捨て、叶わぬ理想に手を伸ばし。

「しかしそなたはそこに辿り着いた。道を外れ、邪道に手を染めたか、『セイバー』」

 淡々とそう告げるアサシンが見つめるのは、『セイバー』の担う脇差である。
 決して辿り着けぬと自らが告白した、『セイバー』が理想とする二刀の極地。
 しかして今宵アサシンが堪能した剣は、ある意味でその理想すらも凌駕したものだった。

「そうだ、アサシン。まともな身体にまともな頭では、届かぬ場所がある。まして剣の道とは、元よりそういうものだろう?」

 闇の中、黒色の瞳を輝かせ、『セイバー』は口元を歪めた。

「だから、考えた。頭一つでは、二刀を自在に操ることはままならん。――――ならばいっそこの手と同じく、思考もまた二つあればよいのだとな」

 それは、剣に狂った男の笑みだった。               








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この記事のコメント
初めて拝見させていただきました。
ついつい物語に引き込まれてしまいました。
御見事です。
2008-03-10 Mon 23:09 | URL | BAEL #-[ 内容変更] | top↑
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