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状況
2010-12-30 Thu 02:10

 えー今後のSSの更新はこのブログで行います。理由はまあどうでもいいとして、基本、ホームページの方は更新報告も含めて凍結します。いずれ月聖本編の終了の折には、可能であればまとめて更新するかもしれませんが。
 そんなわけで、今後もこの集積場改め月の集積場をよろしくお願いいたします。


 同時に今回掲載した月聖本編についてですが……申し訳ありません。2話更新するかも的なことを言っておりましたが、今回は1話、しかもVSアサシンではなくVS『セイバー』の続きになります。次回こそは絶対にVSアサシンです。と、いうかそうしないといろいろ構成的にまずいですね。
 それとも、「いいからさっさと『セイバー』との決着をつけろや」という方もいらっしゃるのでしょうか……?
 まあ、とりあえずは次回はVSアサシン編ということで、ひとつ。

 本来はもっと早く書きあがるはずだったのですが、今回もお待たせして申し訳ありません。今回の遅れは詰まったというより、純粋に時間がなかったためでした。なんとか年内に更新できて、ほっと一安心。年末年始、少し時間が空いたときにでも読んでやってください。

 それと、恒例の感謝を。半年も音沙汰がなかったにも関わらず、拍手をポチってくださった方。さらにメッセージまでくださった方。本当にありがとうございます。今も月聖本編を「よし、書こう」という気持ちになるのは、大部分は貴方のおかげです。
 ありがとうございました。よろしければ、これからもよろしくお願いいたします。
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月聖inter10-2
2010-12-30 Thu 01:49






 妾易御子而入海。御子者所遣之政遂。應覆奏。
                『古事記』




 ――――それが終わりの始まり。青年の武を否定した、愛の一節である。








 クマソ最強の兄弟を討ち、イズモのタケルすら殺してのけた少年オグナは、既に紛うことなき英雄だった。人の身では不可能とされる偉業。至上の武の証明。タケルを討ち果たすとはそういうことだ。例えそれがどのような手段を用いて成し遂げたことであったとしても――――少年は確かに、神命を果たしたのだ。

 日本武尊。其はこの国で最も強きもの。ヤマトで最も猛々しきもの。そして何より――――決して負けることなき、不敗と必勝の体現者。

 もう一度、言う。
 
日本(ヤマト武尊タケルとなった少年オグナは、既に紛うことなき英雄だったのだ。


 
 けれど、中央へと帰還を果たしたその英雄に、あるべき祝福は無かった。称賛も、ねぎらいの言葉一つ無かった。身を休める暇もなく彼に告げられたのは――――再度の命令となる、
死刑宣告・・・・である。
 
 ――――東方十二国の荒ぶる神と賊を、残らず討伐せよ。

 酷、などといった言葉で表現できるような生易しい命令ではない。一軍すらも与えられず、僅かばかりの従者のみを連れ、東の全てを平定して来いと彼は命じられたのである。
 有体にいえば、それは『死んでこい』と命じられたのと同義であった。少なくとも、彼の供を命じられた従者達はそう信じた。それも当然だろう。西のクマソとイズモを下し、そのうえ東国までも平定するということは、つまりは
この国の全てをたった一人で征する・・・・・・・・・・・・・・・・・も同じだ。そんなことがヒトにできるわけがない。例え英雄であっても、それは変わらない。

 人の身では不可能とされる偉業を成し遂げたものが、英雄と呼ばれる存在であっても。
 英雄と呼ばれる存在は断じて、全ての不可能を可能とする神のごとき万能者ではない。

 ヤマトタケルの東征。その旅路に帰還の可能性が無いことを、およそ全ての人間が確信していた。彼は死ぬ。その道の半ばで必ず折れる。そうして何処とも知れぬ遠い地でその骸を朽ちさせ、最早二度とこの地を踏むことはあるまいと。
 
 


 ――――だから彼は、“彼女”が僅かにでも東征の成功を信じてくれていたのか、今も判らない。



 彼の東征につき従ったものたちの中に、その女は居た。彼の帰りを待っているべきはずの女だった。過酷なその旅路に、耐えられるはずのない女だった。けれど彼女は当たり前のように彼についてきた。
 先の見えぬ旅の行く末に、けれど僅かの憂いも悲壮感も漂わせることのない女だった。それが死を覚悟したものの達観であったのか、あるいは東征の成功を信ずる故の楽観であったのか、彼には判らない。永遠に、解らない。

『――――
ミコトよ、どうか』

『どうか、先へ――――』

 ――――やはり、彼女はついてくるべきではなかった。苦い味と共に、彼は時折その女のことを思う。
 彼の記録にいる彼女は、雨とともにあった。そして時折、火の中にいた。けれどその記録の中の彼女の姿は、いつだって不鮮明で曖昧だ。記憶なきサーヴァントとなった今では、その顔すらも定かではない。
 それでも
彼の最初のマスターアインツベルンの娘は、ただ一度だけその女の夢を見た。業火にさらされながらも彼の傍らで毅然と立ち、そうして嵐の中に消えていった、彼の妻であった女を幻視したのだ。

 英雄。きっと彼女もそう呼ばれる存在だったのだろう。ああ、そうだ。彼女が成し遂げたことは、間違いなく“偉業”だった。それは神秘が神秘として生きていた時代。奇跡の多くが魔法であった時代。その身を捧げて彼を護ったその女の献身を、偉業と言わずして何と言う。


 その身を賭して海神の魔法を退けた女の名は、
弟橘媛オトタチバナヒメ


 日本武尊という英雄に極大の呪いを残した、三人の人間の一人である。










 その日、彼は嵐のただ中にいた。
 世界の終りすら想像させる、そんな嵐であった。人を吹き飛ばすどころか、巨岩すらもやすやすと空に舞いあげる風がごうごうと吹いている。
 しかもその風は、一定の方向に吹いているわけではない。東から西へと吹いたかと思えば、次の瞬間にはその逆へと方向を変える。それだけならばまだいい。この風は時に渦を巻き、真下から上空へと吹き上げ、やがては頭上からのしかかってくる。およそ、自然に吹く風ではありえなかった。
 雨もまた、ひどいものだった。なにがしかの力で固められた巨大な雨粒は、文字通りに人の身体を打つ、人を殺す銃弾だった。今この場において、雨に撃たれて人は死ぬ・・・・・・・・・・のだ。天は黒い岩のような雲に覆われ、真昼であるというのに周囲は暗い。時折天を走る稲光が、轟音とともに周囲を恫喝する。

 異界であった。紛うことなく、そこは常世とは隔絶された場所だった。

 走水の海。常世でその場はそう呼ばれていた。そこに棲まう海神の造り出した異界の中、海に浮かぶ船上に日本武尊は立っている。
 当然、海面は荒れている。先ほど押し寄せた波など、彼の乗る船の優に五倍の高さはあったか。それほどの高さの波が、絶えず彼の乗る船を沈めようと、意思をもって襲いかかってくるのである。
 その中にあって、しかし彼の船は沈むことなく、ゆらゆらと僅かに揺れるのみである。
 船の沈まない理由は単純だった。常世から隔絶されたこの異界の中で、さらに彼の船だけが周囲から切り離されているのだ。天よりの雨を弾き、波を退ける。それは彼の腰にぶら下げられた一振りの剣の加護によるものである。

 神器・天叢雲剣。水神と言われる蛇の尾から生まれたその剣の属性は水。剣は既に草薙と名を変えたが、それでも天叢雲の力の名残は、担い手に水に対する絶対の加護を約束する。
 風除けには、懐に忍ばせた石の力を使っている。神剣と呪石。この二つのある限り、海神といえど彼を直接に害することはできない。
 できない――――のだが、

「…………」

 同時に、彼が海神を討つ手段が無いこともまた、事実だった。
 彼の東征は、ここで最大の難所を迎えたのだ。形ある神であれば殺すこともできよう。だが天を凪ぐ風の一吹き。空を舞う雨一粒。海面を走る波一つ。それら全てを滅ぼすというのは、個の“武”で対処できる範疇を逸脱している。風は斬れない。波は討てない。雨粒一つ残らずは殺し尽くせない。そしてこの走水の海に棲む海神とは、この異界そのものなのである。これを殺すというのは、つまりは一つの世界を滅ぼすことと同じだ。
 剣と石のある限り彼は殺されない。けれどこれ以上、進むこともできない。既にこの異界に捉われてから数日が経ったというのに、海神の力が衰える様子もない。
 ――――打つ手が無い。けれど彼には、決して敗走は許されないのだ。

「…………」

 こうしてなすすべもなく、荒れる海面を見つめてどれほどの時間が経ったのか。ごうごうという風の音は、海神の唸りであり嘲笑のようにも聞こえた。雨風を遮っているとはいえ、不快なその音だけは船に届く。
 彼の胸の内には、海神に対する怒りがある。進めぬことへの焦りもある。しかし彼はその感情を、努めて封殺していた。
 怒りや焦り。そんな感情は、最強者に相応しくない。タケルに相応しくないものは、努めて殺ぎ落とさねばならない。
 怒りを殺し、焦りを飲み込み、そうして造り上げた無表情のまま、彼はひたすらに殺せる機会が来るのを待っていた。走水の水棲獣。神と呼ばれる獣を殺せる瞬間をだ。

 ――――殺さなければなるまい。いや、殺せなければなるまい。彼はヤマトのタケルなのだ。ならばその“武”は、この国に住まう全てに勝利するものでなければならない。例えそれが獣であろうと人であろうと――――神であろうと。



『今日からお前がタケルだ、皇子よ』



 クマソが吐いた始まりの呪いが、不意に彼の耳を突いた。深く、暗い海の底から響いてくる声だった。

「……わかって、いる」

 私は。
 決して。
 誰にも――――

「負けぬ」

 負けてはならぬ。


 己にそう言い聞かせた彼の背後で、

「……ミコトよ」

 彼の背中に、そう声をかける者がいた。細く掠れた声であった。

「どうした」

 振り返った彼は、そこに女の姿を認めた。彼の東征に従った従者の一人。専ら妻の身の回りの世話を勤めている女である。

「ミコト……よ」

 女は再びそう繰り返した。そこで彼は、初めて彼女の様子が尋常でないことを悟る。小さく震え、その歯はカチカチと音を鳴らしていた。頬はげっそりとこけ、そこには幾筋もの涙の跡が這っている。
 そんな様子の女に対し、

「どうした、と聞いている」

「あ――――あああ! 」

 再度の問いかけで、女の感情の糸が切れた。最早耐えられぬとばかりにその場にくずおれ、涙と共に嗚咽を漏らす。この世の終わりを迎えたかのような様子だった。

「…………!」

 不意に胸の内で湧き上がった嫌な予感に、気が付けば彼は駆けだしていた。視線を左右にさまよわせながら、嗚咽する女の横を通り過ぎる。咆哮するような慟哭の声に背を押され、彼の足が向かったのは船首の方角だった。
 雷鳴とともに海面に落ちた稲光が、刹那の時間周囲を明るく照らした。その明りのおかげで、彼はようやく探し物を見つけることができた。探していた女を、見つけてしまった。

「――――ヒメ

 呆然と彼はそう口にした。その女は、彼に背を向けそこに立っていた。船よりやや離れた場所。草薙剣の加護の及ばぬ、荒れ狂う海面の上に・・・・・・・・・、だ。
 それは夢か。あるいは幽鬼か。嵐の中、海面にしかと立つ女の姿はあまりに常軌を逸脱していた。しかし女は現実だった。雨に打たれ、風にさらされ、波に揺られるその女は紛れもなく現実の――――彼の妻である弟橘媛だった。
 よくよく見てみれば、女は直に海面に立っているわけではなかった。彼女が立っているのは、海面に幾重にも重ねられ敷かれた畳の上である。細身の彼女が軽いことを彼は知っている。しかし僅かにでも女が身じろぎをすれば、たやすく海中に沈むだろう頼りない筏であった。

「媛よ!」

 彼の叫びに、女は振り向いた。再び曇天を雷が走る。夫の姿を認めた妻は、ああ、と声を漏らすと。

 ――――うまくいかないものですね。できれば貴方に知られることなく、行きたかったのですけど。

 そんなことを言った。ひどく優しい声だった。

「媛、よ」

 彼女が何を言っているのか、彼には理解できなかった。いや、理解することを拒んだ。行くとはなんだ。どこに行こうというのだ。無意識のうちに、彼は船のへりを握りつぶしていた。
 「尊よ」と彼女は彼に呼び掛けた。闇の中から、何度も何度もそう呼びかけた。尊よ、ミコトよ、みことよ。声ははっきりと届くのに、彼女の姿は闇に溶けたままだ。だから彼には、彼女がどんな顔をして自分に呼び掛けているのかわからない。泣いているのか、怒っているのか、それとも笑っているのか。既に見慣れたと言っていい妻の顔を、一目見たいと渇きにも似た感情が彼を襲った。

 ――――ミコトよ、どうか

 どうか、先へ――――

 再度、雷鳴とともに光が落ちた。
 その光の中で、彼女の浮かべていた表情は――――



「どうか、先へとお進みください」



 咄嗟に差し伸ばした彼の手は、無論、何を掴めるはずもなかった。


 ――――走水の海には、神が棲んでいる。


 女を海中へと引きずり込んだその波は、恐らくその神の手であったのだろう。











 彼女が波の狭間に飲まれると同時に、海は嘘のように穏やかとなり、天を覆う雲は散り散りになったと記録にはある。
 妻を失い、ようやく先へと進むことが許された彼はどうなったのか。
 彼は・・何も変わらなかった・・・・・・・・・。彼は何一つ変わらなかったのだ。慟哭し、あるいは落涙する従者達に、彼は変わらず「進め」と命じた。その声に、その表情に、その態度に、一片の悲哀を滲ませることもなく、彼はヤマトのタケルであり続けた。


 悪夢のような航海は、やがて終わりを迎える。


 ようやく陸へと降り立った一行は、その場で一夜を明かすことにした。従者達は誰もが疲れ切っており、かつその大勢は未だ媛のことを思い悲嘆に暮れていた。この先も東征の旅を続けるのに、彼らにはどうしても休息が必要だったのだ。
 月の美しい夜だった。夜空には星々が煌めき、穏やかな波の音が耳朶を打つ。円を描いた月から零れる明りが地上を優しく照らし、砂浜は星屑をちりばめたようにちらちらと輝いている。
 
「…………」

 その砂浜を、彼は一人歩いていた。長い航海で蓄積された疲労が重く身にのしかかっていたが、どうにも寝付かれなかったのである。月と星の光に身を浸し、波音に誘われるように、彼はしばらく当てもなく砂を踏みしめ前へと進んだ。
 そうして独り、どれだけ波の音を聴き続けただろう。

「…………?」

 眠気は訪れなかったが、目的もなく歩くことに飽いた彼が「そろそろ戻ろう」と思い身を翻した時、波打ち際で何かが光った。眉を顰めた彼は、まるで吸い寄せられるようにその光るものへと近寄った。
 半ば砂に埋もれながら、それでも己の存在を必死で主張するかのように、月の光を反射させていたそれは。
 

 海に沈んだ媛が好んで身に着けていた、小さくも美しい櫛だった。

 
「…………」

 それはどれほどの偶然だったのだろう。女と共に海に沈んだ櫛が、偶々海岸へと流れ着き、偶々それを彼が見つけた。それはきっと、奇跡と呼ばれるほどの確率だったに違いない。
 身をかがめ、彼は砂の中からゆっくりと櫛を引き抜いた。波に削られたのか、その歯は僅かに欠け落ちてしまっている。砂にまみれ、なおも月の光を映し、歯の欠け落ちたその櫛を洗うために海水へと手を浸した彼は、


「……あ」


 彼は、初めて、妻であった女をどれほど深く愛していたのかに気がついた。
 


「ヤマトタケル」

 月を見上げ、波音に乗せるようにして、彼は自らの名を呟いた。日本武尊。其はこの国で最も強きもの。ヤマトで最も猛々しきもの。そして何より――――決して負けることなき、不敗と必勝の体現者。
 ならば、今の自分は何だと、彼は月に問うた。たかが海神ごときに妻を奪われた日本武尊じぶんは果たして何なのか、と。
 無論、月は何を言うこともない。『今日からお前がタケルだ』と。今後負けることは許さぬと。クマソのタケルが彼を呪ったあの夜と、変わらぬ姿のまま月は空に浮かび続け――――

「…………」

 ――――変わらず月は、人の手の届かぬ天上で、彼を嘲笑っていた。


「ああ」


 なんだ、つまりは――――






 日本武尊わたし喪っまけたのか、と。

 不敗を義務付けられた青年は、自身の日本武尊さいきょうが否定されたことを悟った。



 それは、神秘が神秘として生きていた時代。奇跡の多くが、魔法であった時代。
 とある神に妻を奪われた英雄の、遠い昔の記録である。







 月の浮かびし聖なる杯  Interlude10-2 ~Sabers~







 皮膚を裂き、肉に潜り、血管を断つ。セイバーの振るった不可視の刃は、狙い外れることなく『セイバー』の首筋へと吸い込まれていった。
 あらゆるサーヴァントにとって、首と心臓――――すなわち核と呼ばれる部位は急所である。これを破壊されてなおその身を保っていられるのは、彼のギリシャの大英雄のように命を複数保持している者だけだ。
 そして無論のことだが、『セイバー』・日本武尊に、命は一つしかない。
 故に。

「オオオ!」

 その命を守るために、草薙剣を担った『セイバー』の腕は迅速に行動した。彼我の間に刃を滑り込ませ、真横に振りぬかれんとした必殺の一撃を受け止めたのである。
 皮肉なことに騎士王の剣を受けた『セイバー』のその姿は、剣を捧げ持つ騎士の姿に酷似していた。無論このような体勢と構えで、勢いのついたセイバー必殺の一撃を止められるはずがない。そのまま剣を弾かれ、首を断たれるのが道理である。
 しかしこの英雄の剛腕は、その道理を覆す。それでこその剣霊。それができるからこそ日本武尊。風の結界に覆われたセイバーの刃が、『セイバー』の細首に小指の先の長さほど潜りこむ。それでも『セイバー』の常軌を逸した腕力はそれ以上の侵入を許さなかった。

「――――!」

 剣撃を受け止められたセイバーの表情が刹那の瞬間引きつった。仕留めきれなかった、と内心で歯噛みする。
 千載一遇の好機だった。恐らくはもう望み得ぬほどの好機だった。暴力の嵐と形容すべきこの武神の攻撃を耐えに耐え、ようやく見出した勝利への光だった。
 けれど、掴みかけたその光はするりと両腕から零れ落ちてしまった。原因は分かっている。全ては先刻『セイバー』に踏み砕かれた左足のせいだ。今は半ば治癒しているものの、砕けた足での踏み込みはセイバー自身が理想と描いた一刀から現実の彼女を僅かに遅らせた。その僅かな遅れに、『セイバー』の剣は滑り込んできたのだ。

「ヒュ」

 呼気と共に、『セイバー』は腕に力を込めた。対してセイバーはそれに逆らうことなく自ら後方に飛びのいた。零れ落ちた好機に未練がましく縋りつくような様子は微塵もない。その潔さこそがここまで騎士王の命を繋いでいるのだ。

 久方ぶりに両者の間合いが大きく開く。

 瞬間、『セイバー』の首筋に刻まれた斬痕から、大量の血が噴出した。流れ、噴出した血液はあっという間に『セイバー』の右肩をぐっしょりと濡らし、地に滴り落ちていく。
 黒い聖杯によって受肉した彼の血は、魔力の粒子となることもなく現実のものとして血だまりとなっていった。
 その血だまりを醒めた瞳で一瞥した『セイバー』は、何を思ったのか空手となっていた左手を顔に持っていくと、

「…………」

 左耳につけていた石の耳飾りを外し、掌に握りこんだ。そのまま拳を傷跡へと押しつけ『セイバー』は何事かを小さく呟く。
 きん、と硝子を弾いたような音が、セイバーの耳に届くと同時、

「なに……!」

 セイバーは小さな呻きを漏らした。見れば『セイバー』の首筋から、たった今彼女が刻みつけた斬痕が幻のように消えている。目を見張るセイバーの前で、『セイバー』はゆっくりと拳を解いていった。
 開かれた彼の掌には、役目を終え砕けた石が、色の落ちた砂となって残っていた。その残滓を足元へと投げ捨てた『セイバー』はぐるりと首を一度回し、再び視線をセイバーに固定する。
 
「『セイバー』……」

 絞り出すようにセイバーはそう口にした。その口調には、疲労の色が濃い。瞳には、絶望にも似た何かがちらとよぎっていた。
 彼女の瞳を曇らせた影。それは、『セイバー』の右耳に残された耳飾りの片割れと、

「……随分と厚く護られているようだな、貴公は」

 彼の腰ひもにぶら下げられた、総計十数個にも及ぶ石の連なりだった。

 揶揄するような言葉に、『セイバー』は何も答えなかった。静寂の中、セイバーは浅い呼吸と共に胸に溜まった疲労感を吐きだしていく。

 ――――あの石。確かこの国ではマガタマ、と言ったか。宝具と呼べるほどのものではなさそうだが、込められた魔力は相当なものだ。たった今見せられたように、傷は勿論、二つも用いれば破損した臓器や四肢をも即座に修復しかねない。
 仮にあの石全てに先刻と同じ治癒魔術が込められているのだとしたら、どれほど傷を負わせようと一撃で首か心臓を潰さない限り徒労に終わる。
 無論、石の数に限りはあるだろう。だがそもそもその石を『セイバー』が使用する状況――――つまりは先刻ほどの傷をこの武神に刻むのに、あとどれだけ剣戟を続ければいいのか。

 『セイバー』・日本武尊。

 無限に近い魔力の供給源を得て、自身と同等の戦闘技量を持ち、それを凌駕する身体能力を誇り、その上であれほどの護りを保有するサーヴァントを前に、セイバーは改めて結論せざるを得なかった。

(無駄だ)

 いや、無理だ。このまま通常の戦闘を続けていても、『セイバー』は決して倒せない。
 けれど、

(シロウ。凛)
 
 それは断じて、敗北を許されるということではない。
 何よりセイバーには未だあるのだ。眼前の武神を打倒し得るかもしれない、最後の一手が。
 そう、元よりサーヴァントの戦闘では、通常の剣戟で決着はつき難い。
 ならば、彼女の取るべき手段は、



「……結論は出たか? 騎士王」



 次第に澄んでいくセイバーの瞳に何かを読み取ったのか、『セイバー』はそんなことを口にした。手にした不可視の刀身の切っ先を、セイバーへと向ける。

「これで判ったはずだ。貴殿と私の技量はほぼ互角。貴殿が私を斬ることは叶わず、私もまた守りに専心されてはそう易々と貴殿を斬れぬ。
 元よりサーヴァント同士の戦い。ましてその両者が互いに剣霊となれば、勝敗を決める方法など一つしかない」

「――――つまり、私と日本武尊あなたの決着とは」

アーサー王きでんの聖剣と我が草薙――――どちらの宝具が打ち勝つのかを決する、互いの幻想の潰し合いということだ。
 ……私の宝具の真髄は、エリシール・フォン・アインツベルンから聞いているか?」

 『セイバー』の問いに、ゆるゆると首を振ったセイバーは、

「いえ。私にそれを教えてくれたのはエリシールではなくシロウです。
 ……ああ、貴公の疑念は最もだろうが、一度目にした剣に対するシロウの理解は、恐らく担い手である貴公と同等以上だ。
 そのシロウは、貴方の宝具をこう言っていた」
 
 突きつけられた不可視の切っ先を睨みつけ、セイバーは言った。



「――――因果応報・・・・。その言葉を実現するものが、つまり日本武尊あなた草薙剣ほうぐである、と」

「ほう」



 恐らくは召喚に応じ現界を果たしてより初めてだろう、感嘆の感情が『セイバー』の口から零れた。衛宮士郎。アーチャーの元マスター。どのような理由かは知れないが、どうやら真実草薙剣の真髄を理解しているらしいことを、『セイバー』は悟る。

「ならば判っているな。過日に真名を解放したのは、いわばただの顔合わせに過ぎぬということを。必殺を期して草薙を振るっていない以上、我らの宝具に決着がついていないことを」

「…………」

 それもシロウから聞いている――――胸中でそう呟いて、セイバーは小さくうなずいた。
 鍛剣の魔術師シロウは言った。因果応報、この武神に刃を向けた者は、その刃を己が身に浴びることとなる。一見、敵の攻撃を単純に跳ね返すように見える『セイバー』の宝具の本質は、しかしその攻撃を受ける対象を『書き換えて』いることでそう見えているだけなのだと。
 対象を書き換える、因果への干渉と修正。この能力を極大まで利用した時、『セイバー』の宝具はある特性を相手の攻撃に付与することができる。それこそが最も恐ろしいと士郎は言った。
 その特性とは、必中。単純な護りや逃走方法では回避不能となるまで引き付けられた攻撃は、それを書き換えた瞬間に回避不能という事実だけを残し相手に返される必中の報いとなる。
 他の護りとは一線を画し、因果そのものに干渉する神器・草薙剣にのみなぞることを許された、回避の可不可の境界線。その刹那の瞬間を捉えられた時、セイバーの聖剣は絶対回避不可能の熱波となって彼女自身を襲うのだ。

「前回、貴公が私の剣を必殺のタイミングで返していたなら、私も凛も既に死んでいた。あの時はシロウの展開した盾に救われたが、貴公がその気であったならそもそも護りを展開することなどできない・・・・からだ」

 そして、だからこそ『セイバー』はお前の剣をいなす・・・ことができたんだセイバー――――その時の労わるような士郎の眼差しを、セイバーは思い出す。
 回避不能のタイミングで対象を書き換えるというのは、裏を返せば『セイバー』自身が最大の危険領域にその身をさらすということである。相手の攻撃を引き付ければ引き付けるほどに、対象の書き換えは加速度的に難易度を増していく。故に士郎に盾の展開を許した前回の戦いは、『セイバー』にとって相手の攻撃を打ち破ったのではなくいなしただけに過ぎない。
 騎士王・アーサーと、武神・日本武尊。その伝説と共にあった聖剣『約束された勝利の剣』エクスカリバーと神剣『全て祓いし護国の剣』クサナギノツルギ
 その真の決着をつけるために、しかし“因果応報”という宝具の特性上『セイバー』から動くことはできない。彼の宝具の神秘は、あくまでも相いを与えることに特化している。
 
「我が草薙に先手はない。この戦いに早期の決着を望むのなら、貴殿の決断こそが不可欠だ騎士王」

 『セイバー』の手の内には、真名を解放すれば水の刃となって敵を断つ宝具・『水神寵籠』アマノムラクモがある。しかし水の魔術としての側面が強いこの宝具では、全サーヴァント中最強の対魔力を誇る騎士王セイバーを相手にしては、打ち水も同然だろう。
 聖剣が攻め押し潰すか。神剣が護り返すか。
 その決着こそが唯一取るべき道だと、『セイバー』は繰り返す。

(……判っている)

 迅速な決着は、セイバーにとって最も望むことだった。こうしている今も、刻一刻とすぎる時間に焦燥感が募っていく。叶うのなら、すぐにでも聖剣の真名を解放し、目の前の敵を打倒し、士郎と凛のもとに向かいたい。恐らくは、既にアサシンと交戦に入っている二人のもとに。彼らの剣として。
 だが、過日に目に焼きついた、自身へ迫る光の奔流の残影がセイバーの決断を阻んでいた。
 自身の敗北はいい。いや、決して良くはないが、それを恐れて剣を振るうことを躊躇いはしない。
 そもそも聖剣はセイバーの切り札であると同時に、苛烈な戦争を供にした、いわば彼女の半身だった。これを振るってなお敗れるのであれば、その敗北に納得すらできよう。
 問題なのは、この場で倒れることはそのまま士郎と凛の敗北に直結することだ。アサシンだけでも負担が大きいというのに、それに『セイバー』を加えては、どんな奇跡が起ころうと士郎と凛に勝ち目はあるまい。

 そう、『セイバー』に言われるまでもなくセイバーには判っていた。早期の決着を望むなら宝具を使用するしかないことを。そして何より――――この武神と草薙剣を相手にしては、己の宝具が勝利を約束しない・・・・・・・・ことを、解っていた。

 宝具・草薙剣の詳細を語り終えた士郎に、セイバーは一つの質問をしている。それはある意味、長々と説明してくれた彼の労力を無に帰す問いだっただろう。

『貴方の結論を教えてください、シロウ。あの剣士が必中を期して宝具を振るったのなら、勝つのは私か、彼か』

 士郎の出した結論はシンプルだった。『俺にも判らない』。それが彼の答えだ。その不甲斐なさを謝罪しながらも、それほど両剣の力は拮抗しているのだと士郎は断言した。

『もちろん、本来ならセイバーの剣が負けるわけがないんだ。だけどこの地で――――この日本くに日本武尊あいつが振るったその時だけ、あの剣はセイバーの宝具に匹敵する。俺には、勝敗は5分だとしか言えない』

 そこに慰めも脅しもなかった。両剣を投影した経験を得た上で、あの・・士郎が私情抜きにそう断定したのだ。結果が出るまで勝敗の行方など、神にすら判るまい。
 勝利か、敗北か。可能性は5分と5分。コインの裏表を当てるようなその賭けに、自身ばかりか士郎と凛の身命も賭けなければならない。
 それだけのリスクを背負うよりほかに、取るべき道はないのかとセイバーは考えて、

(馬鹿馬鹿しい)

 脳裏をよぎった一つのシナリオを、セイバーは打ち消した。あまりにも楽観が過ぎる。こうして自分が『セイバー』の相手をしている間に、士郎と凛がアサシンを倒して聖杯の破壊に成功する――――などという、都合のよい想像は。
 士郎と凛に対するセイバーの信頼は揺るぎない。だが、相手は何と言ってもアサシンサーヴァントなのだ。人の形をした神秘であるサーヴァント相手に、二人がかりとはいえ人間の魔術師が勝利するなど、本来あり得ない。自身がサーヴァントであるからこそセイバーはその困難を知っている。桜の身体を乗っ取ったアサシンによるアンリマユの出産などという事情が無ければ、士郎と凛の二人だけでサーヴァントに挑むなどという暴挙を容認するはずもない。
 そんなことを考えて、

「…………?」

 セイバーは何か、自身の思考に引っかかるものを感じた。
 おかしい。何か妙だ。
 シロウと凛と、そしてアサシン。そのどちらが優位かなど判りきっている。人間の魔術師がサーヴァントに勝つなどあり得ない。ならば当然、『セイバー』の考えとて同じこと。彼がアサシンの必勝を、疑うはずがないのだ。
 ならば何故、『セイバー』は、

「『セイバー』。貴公は一体、何を焦っている・・・・・・・?」

 自然と、セイバーはそう口にしていた。互いの宝具の激突による早期決着。先刻から『セイバー』はその決断を促しているが、それはおかしい。なぜなら彼には、そもそもそんな勝負をする必要がない・・・・・・・・・・・・・のだ。

「口惜しいが認めましょう、『セイバー』。今この場において、貴公は私よりも強い。
 確かに守りに専心すればそう簡単に負けはしないでしょうが、このまま通常の戦闘を続ければ勝つのは貴方だ。何しろ貴公には、無限に等しいという魔力の供給がある」

 そう、泥沼の持久戦に待ちこめば、ほぼ確実に『セイバー』は勝利を手にできる。だというのに、この男は何故か本来負う必要のないリスクを背負ってまで宝具の対決に持ち込み、戦闘の早期決着を望んでいるとしか思えない。

 あるいは口では宝具の決着を謳いながら、今回もまたリスクを回避して“いなす”だけか? それならば最低でも聖剣を振るったセイバーの魔力を大きく削り、うまくすればリスクを背負わず彼女を仕留めることができる。日本武尊という英雄には、そういった策を弄して勝利を収めた生前の“実績”がある。

 ――――否、とセイバーはその考えを否定した。その一点において、彼女には直感が囁く確信があった。もしも再び剣を振るったなら、今度こそ『セイバー』はこちらを必殺するために、最大のリスクを背負って限界まで攻撃を引き付けるだろうという確信だ。

 ただ、その理由が解らない。しかし思えば、先刻の剣戟もどこかおかしかった。技術で互角、身体能力で勝っている以上、膝や拳打といった奇策を剣戟に織り交ぜる必要が『セイバー』にはない。そんな安い奇策を弄したのは全て、戦いを早期に終わらせるためではなかったか。
 

「もう一度聞こう、『セイバー』。貴公に決着を急ぐ必要などないはずだ。なのに何故、貴方は私が宝具を使うことを望む」

「……聖杯だ。私が貴殿を打倒する理由は、ただ聖杯を手に入れるためだ。つまり聖杯が手に入らぬなら、この戦争そのものが私にとって無価値だ」

 セイバーの問いに、『セイバー』はその答えを返した。

「貴殿の魂を贄とし、私は聖杯を完成させる……だがその聖杯の傍には、邪魔な存在が居座っている。貴殿を倒した私が駆け付けるより早く、手を伸ばせば容易く聖杯を手にできるほどの近くにだ。貴殿を打ち果たしても聖杯が手に入らぬのであれば、それは私にとって敗北だ」

「……アサシンのことをいっているのか? しかし貴公らは共闘関係にあるのだろう」

「馬鹿馬鹿しい話だ。例え互いを現界させたまま聖杯を完成させる手段があったとしても、サーヴァントに最後まで続く共闘関係などない。まして相手はあの女狐だ。あのアサシンを信じ共闘するサーヴァントなど、この国にはただの一人としておるまいよ」

 淡々と『セイバー』は続ける。

「完成した聖杯をあの女に握られるわけにはいかぬ。だからこそ衛宮士郎と遠坂凛を通した。
 ……あの二人の魔術師は、アサシンに対する楔だ。奴を自由にさせぬための抑えなのだ。その楔が倒れる前に、私は貴殿の首を刎ねなければならぬ」

 なればこそ、持久戦など論外。『セイバー』がリスクを負ってまでも、早々に決着をつけなければならぬ理由がそれだった。
 いや、ならば早期にこの戦いを終わらせねばならない理由は、実は『セイバー』のほうが遥かに大きい。セイバーにとっての敗北条件リミットは士郎と凛がアサシンに敗れるまでであるが、この男はそれに加え、アサシンが士郎と凛に敗れてもならないのだ。
 無論、後者の可能性など『セイバー』は考慮していないだろう。彼が案じるのはただ、アサシンが二本の楔[士郎と凛]を倒して、間桐桜の身体を得た上でアンリマユのマスターとなることである。
 
「先にも言ったがアサシンが『この世全ての悪』のマスターの座を手に入れれば、如何なるサーヴァントも対抗できぬ。そうなればあの女から聖杯を簒奪することは不可能だ。
 ならば衛宮士郎と遠坂凛が倒れる前に、私は貴殿を倒す。その後アサシンと交戦中の二人を無力化し、その上でアサシンを殺し聖杯を手にする。それが私の望む、この戦争の結末だ」

「……ならばどうして、エリシールを奪ってから今までアサシンに手を出さなかった。互いに信頼が無いのなら、貴公にとって聖杯を完成させる魂はアサシンのものでも良かったはずだ。
 こと戦闘において、貴公がアサシンに敗れる可能性は皆無だろう。しかしそうしなかった理由は、何らかの制約を受けているためなのではないのか?」

「そうだ。私には間桐桜の身を害することはできず、アサシンを殺すことはできない。衛宮士郎と遠坂凛についても同様だ。間桐桜以外の三人を攻撃することはできても、殺すことは叶わない。それが間桐桜との契約であり誓約だ。これを破ろうとしたならば、私には制約が課せられる」

 あるいはそれは、令呪に匹敵するほどの強固な縛り。

「ならばどうするつもりだ。マスターとの誓約の重さは、私も骨身にしみているからわかる。逆らおうとすればその制約は、あるいはアサシンに敗れるほど貴公に重くのしかかるだろう――――」

 そう口にして、セイバーその問いが無価値であることに気がついた。『セイバー』とアサシン、両者が争った際の勝敗など彼女にとってはどうでもいいことだ。
 『セイバー』が決着を焦る理由は解った。つまり『セイバー』の行動理由は、言葉通り聖杯の獲得のみなのだ。この英雄は今――――いや、恐らくは召喚されてより今日まで、ただそのためだけに動いてきた。
 願望機である聖杯を求め召喚に応じ。
 騎兵をねじ伏せ、狂戦士と暗殺者相手に刃を振るい。
 英雄としての誇りを捨ててまで間桐桜と契約を結び。
 そうして今も、ただ聖杯だけを求めてここに立っている。

 聖杯。あらゆる願いを叶えるという願望機。苛烈な戦争の勝者に与えられる、究極の祝福の形。
 けれどそれは、

「――――『セイバー』。貴公にはもう判っているはずだ。貴方が掴もうとしている聖杯は、貴方の願いを叶えない。そんなものを手に入れて、貴公はどうするつもりだ」

 そう、この冬木に降臨する聖杯は、既に穢れてしまった。第三次聖杯戦争。アインツベルンの召喚した最悪のジョーカー。この世全ての悪であれと望まれた一人のニンゲンを物質化することで、その中身は呪いと化している。
 呪われた聖杯は、勝者に祝福を与えない。
 だというのに、この男は未だその聖杯にしがみついている。

「……私は私の願いを叶えるだけだ。人の創り出したものとはいえ、この地に降臨する聖杯の願望機としての機能は本物だ。その聖杯を手に入れることは、断じて無価値ではない」

「その聖杯の中身は穢れ、貴方の願いを正しく聞き届けはしないといっている。汚染された魔力をどれほど汲み上げようと、願望機は決して貴公の望む形で願いを叶えない」

 性質の悪いことに、聖杯は確かに願望機としての機能を未だ保持している。しかしアンリマユを孕んだ今の聖杯にできることは、災厄を振り撒くことだけだ。
 災厄を振り撒くことしかできない願望機。その歪な聖杯に望みを願ったのなら、何が起こるのか。
 ――――人が死ぬ。聖杯はあらゆる願いを歪曲し、拡大し、暴力化して人を殺すことでその願いが叶うようにする。
 他者から幸福を簒奪することで持ち主の願いを叶える。それが聖杯だ。ならばどれほどその剣を血に染めようと、『セイバー』の勝利は無価値に終わる。冬木の聖杯で、彼の望みが叶うことはないのだ。

そう告げたセイバーに対し、



「然り。だからこそ間桐桜の肉体には、無事にアンリマユの出産を終えてもらわなければならぬ。それこそが唯一、聖杯を浄化する手段であろう?」

 

 ぽつり、と何でもないことのような声で、彼は言った。
 その言葉が、その顔が、その無感情が。

「なんだ、と?」


 それこそが絶対の悪そのもののように、セイバーには思えた。

 
「何を、言っている『セイバー』。貴公は先刻、アサシンがアンリマユのマスターとなることを阻止する心算だと――――!」

「貴殿のほうこそ何を言っている。私はアサシンを殺すが、アンリマユの出産自体は必要なのだ・・・・・・・・・・・・・・・・。穢れた聖杯を元に戻せる好機を、逃すつもりはない」

「好機、だと?」

 「然り」と再び口にして『セイバー』は、

「混ざり合った泥と水を再び分かつことは、本来できぬ。ならばアンリマユの存在を、僥倖と言わずして何と言う。無色の水を汚染する泥が、自らの意思で寄り集まって分離してくれるというのだ。これを利用しない手はない」

 聖杯が完成すると同時に、その内に眠るアンリマユの生誕は不可避となる。この世全ての悪であれと望まれたそのサーヴァントは、それを御する桜の精神を押し潰して無差別に人を殺す悪魔となるだろう。
 けれど。
 その悪魔が生まれ落ちた後の聖杯は、あるいは浄化され元の機能を取り戻すのではないのか――――?

「アンリマユ無き後の大聖杯が再び純粋なる魔力の貯蔵機に戻るのか、その確証はない。それでも、賭ける価値はあろう。
 穢れさえ取り除けば、後は大聖杯に蓄えられた魔力を黄金の聖杯で汲みあげるだけだ」

「ッ! しかしアンリマユは大聖杯に蓄えられた魔力をもってその身を形作ると聞いた。ならばあとに残るのは、空の器だけのはず――――!」

「貴殿には感謝する。貴殿の魂で条件を満たすお陰で、少なくともサーヴァント一体分の魂は手つかずで残る。
 ……忘れたのか? ライダーの魂は・・・・・・・黄金の聖杯の内にあるのだ・・・・・・・・・・・・。後はその魂が間桐桜の心臓に強奪される前にアサシンを殺せば、ライダーは黄金の聖杯の内に留まったままだ」

 それは、一つで十万人の人間のそれにも匹敵すると言われる英霊の魂という魔力。

「本来大聖杯を満たすはずの魂には遠く及ばぬ量だが、それでも我が願いの足しにはなるだろう。
 何より騎士王、そなたも聞いているのではないのか? 今より五百年前、この戦争の仕組みを敷いた魔術師たちの目的は、聖杯の降臨などではなく『向こう側』への穴を開けることなのだと」

「……エリシールは確かにそう言っていた。私たち英霊の魂が座に帰還するその瞬間、こちらとあちらを繋ぐ穴が開く――――まさか!」

「そうだ。その果てに至るモノに興味はないが、『向こう側』にはまさしく無限の魔力が存在する。いくら汲み上げようと尽きぬ無色の魔力だ。
 その穴の前に、穢れの浄化された大聖杯と願望機である黄金の聖杯を捧げることができたなら――――私の願いが、僅かにでも叶う可能性が出てくる。
 その可能性を逃すことなど、断じてせぬ――――!」

 一瞬、『セイバー』の目がギラリと光った。それはあまりに生々しい、本来生者のみに宿る渇望という光だった。
 彼の目はその願望に曇りきっている。滔々と続いた『セイバー』の語りは、彼にとってあまりに都合のいい妄言だとしか言いようがない。こうなるかもしれないという過程に、さらなる過程を重ねた、ただの夢想だ。

 そしてその愚かな夢想を、高潔なる騎士は断じて許せなかった。

「ふざけるな『セイバー』!! 自身の願いが叶う可能性だと!? そのために貴公は――――貴様は一体どれだけの命を犠牲にするつもりだ!?
 『この世全ての悪』によって築かれるだろう死者の山を踏みにじってまで、貴様は何を望む!?」

「…………」

 弾劾の激語が『セイバー』に降り注ぐ。それを無言で受け止め、なお一片の痛痒も見せない彼に対し、セイバーの怒りは頂点に達した。
 その怒りは正当だろう。『セイバー』が生誕を望む『この世全ての悪』は無差別に人を殺す。『セイバー』は己の願いが叶うかもしれないという一縷の望みのためだけに、その犠牲を良しとしているのだ。
 自己の願望を充足させるために、無辜の人間を犠牲にする。
 許されることではない。
 いいや、許すことなどできない。
 日本武尊。過日に聞いたその男の伝説をセイバーは思い出す。それは皇子として生まれ、神器と呼ばれる剣を与えられ、その剣を国の鎮定と統一のために振るった英雄の伝説だ。




 ――――その生涯を国の鎮定と統一のために捧げ、それが叶わぬまま散った、ある剣士の話。
 ああ。
 その英雄の話は、まるで――――




 
「それが英雄の! その身にヤマト自国の名を冠することすら許された英雄の為すことだというのか――――!」
 
 だからアーサー王セイバーには、その行為が許せない。マスターに縛られているからではなく、自らの意思で自らの欲望のためだけに自国の民を犠牲にする。それは断じて、正統たる英雄の為すべきことではない。
 そしてこの『セイバー』こそは、この国における正統たる英雄の象徴のはずだった。空前にして絶後の大英雄。その身は死しても武神として神格化され、千の年月を超えて語り継がれる、この国の数多の英雄達の頂点に立つもの。それが、日本武尊という剣士のはずだった。
今はサーヴァントとして今世に存在する彼は、異国の王の弾劾にしばし瞑目すると、



「……ヤマトタケル」



 顔を上げ、そんなことを口にした。この場に存在しない何かを見上げるような眼差しで、儚くそう言った。
 唐突なその呟きを怪訝に思ったのだろう。不可解そうに眉を顰めるセイバーの様子に気がついた『セイバー』は、気だるいような眼差しを向ける。

「問いの答えだ、騎士王。民を踏みにじってまで私が何を願うのかと、そう尋ねただろう?
 私が聖杯に望むもの。ヤマトタケルが、その答えだ」

「…………?」

 その答えによって、セイバーの混乱は極まったと言っていい。
 確かに先刻、彼女は『セイバー』にそう言った。けれどそれは答えを期待しての問いというより、自身の怒りを言葉にしただけだ。
 そんな言葉に、こうして『セイバー』が答えを返したその事実こそが、あまりに奇妙だ。
 いや、何より最大の混乱の原因は、

「何を言っている『セイバー』。ヤマトタケルとは、貴公の真名だろう」

 最大の混乱の原因は『セイバー』の答えそのものだった。
 確かに、『セイバー』自身がセイバーにそう名乗ったことはない。過日耳にした彼の宝具――――草薙剣の真名解放によって、その持ち主を特定しただけだ。
 とはいえその特定した真名が、間違っているはずはないのだ。草薙剣を振るう英雄など、彼の日本武尊以外に存在するはずがない。
 確かに草薙剣は神器としての側面から、その持ち主と呼べる存在は数多い。しかしこれを振るう“使い手”――――ましてセイバーの聖剣をいなすほどの担い手ともなれば、それは史上たった一人、やはり日本武尊だけだ。
 その疑念に『セイバー』は、

「そうだ。確かに私は、かつてヤマトタケルと呼ばれた存在だ」

 そう言った。
 当然だとばかりに小さく頷いたセイバーに対し『セイバー』はしかし、
 
「だが、私がタケルであるはずが無いのだ・・・・・・・・・・・・・・・。そうだろう? 勝利を渇望してなお、貴殿を仕留めきれぬこの現実。アサシンとバーサーカー如きに不覚を取り、『この世全ての悪』に取りこまれたという、その事実」

「……『セイバー』?」

「――――そんな存在の、どこがタケルだというのだ?」


 そう締めくくった『セイバー』の言葉は、やはりセイバーの理解の外にあった。
 ――――本当に、目の前のサーヴァントは何を言っているのか。
 確かに『セイバー』は今回の戦争で最強のサーヴァントだという確信がセイバーにはある。それは自身を含めても、だ。
 だからといって、その彼に今日まで対してきたのは、決して凡百の兵ではない。それぞれがそれぞれの時代で名を馳せた英雄なのだ。その英雄二人をただ一人で相手にすれば、不覚を取ることもあるだろう。
 まして今相手にしているのは、彼のブリテンの大英雄、騎士王セイバーだ。これを容易くねじ伏せようなどと、あまりにも傲慢が過ぎる。
 だと、言うのに。

 このサーヴァントの口ぶりは、まるで、

「…………ま、さか」

 それは、本当に不意の閃きだった。
 改めてセイバーは眼前の男の名前を思った。日本武尊。其はこの国で最も強きもの。ヤマトで最も猛々しきもの。それを意味するものが、ヤマトタケルという名前と聞いた。
 けれど、いや、まさかそんな。
 思い至った結論を、セイバーは内心で必死に否定した。それでもよもやという思いが、自然と彼女の唇を動かしていく。




「まさか貴方は―――聖杯に力そのものを。真実、不敗足りえる強さ・・・・・・・・を願うつもりだとでも言うのか?」



 震える声でのその問いに、『セイバー』は答えなかった。声を発することもなく、頷くことも首を振ることもしない。

「…………」


 けれどその沈黙こそがなによりも雄弁に、セイバーの想像を肯定していた。

「ば―――!」

 唖然とした表情で、セイバーは「馬鹿な」と呟いた。いよいよもって眼前の男の正気が疑わしかった。
 だってそんな願いは、あまりにも馬鹿馬鹿しい。
 日本武尊。ヤマトタケル。この国で最も強きもの。確かに彼の名前はそれだ。しかし『セイバー』自身がその名前に相応しい存在として定義している理想の己は、あまりにも常軌を逸脱している。

 ―――勝利を渇望してなお、貴殿を仕留めきれぬこの現実。アサシンとバーサーカー如きに不覚を取り、『この世全ての悪』に取りこまれたという、その事実。
 ―――そんな存在の、どこがタケルだというのだ?


 この国の何者にも負けぬもの。この国では誰にも負けぬもの。どのような強者を相手にしても必ず勝利を収め、万軍をただ一人で相手にしようとも敗北しない。物知らぬ幼子が想像する究極の英雄像すら及ばぬ、絶対的な強者。彼のいうタケルとはそういうことだろう。
 そんなありえないモノになることを聖杯に願おうというのだ、この英雄は。
 
「馬鹿馬鹿しいと思うか? 確かに聖杯が十全に機能したとしても、我が願いには届かぬだろう。だが、少なくとも足しにはなる」

「違う、願いが叶うか否かなど問題ではない。『セイバー』、貴方の願いには意味がない・・・・・。サーヴァントである貴公が今以上の強さを得ることに、一体何の意味がある?!」

 そう、何よりそんな願いには意味が無いのだ。忘れてはならない。彼らはあくまでサーヴァント―――英霊だ。其は抑止の座に存在し、高きより低きに流れる純粋な力の奔流。力そのものである彼ら英霊には、基本的に自己の意思や欲求といったものは存在しえない。
 そんな彼らをサーヴァントという、意思ある使い魔として召喚し、聖杯という奇跡を掴むために争わせるこの冬木の聖杯戦争は特別なのだ。座に取りこまれた死者たる英霊には、基本的に自らの意思で何かを為す機会などというものはない。
 ならば、『セイバー』の願いが仮に十全な形で叶ったとしても、その結果には意味も価値もない。何しろ彼の願いには、その先に得るものがない。富や名声、他の強者をねじ伏せることへの充足感―――あるいは大切な何かを救うことでもいい。強さを望むということは、それに付随する何かを望むことだ。けれど『セイバー』の望む強さねがいには、英霊である以上なにもついてはこない。

「そんな無意味なもののために、他の全てを犠牲にするというのか、貴公は!」

「そうだ。この身は、ただその実現のためだけに存在している」

 透明な声で、『セイバー』は言った。その心は、不動。一片の揺らぎも見せず、彼は言い放つ。

「そのためならば、あらゆるものを踏みにじろう―――そんな犠牲モノ、この身がタケルでありながらそれを実現できない罪に比べれば、どれほどのことだというのだ」

「罪……?それは貴方の―――?!」

「貴殿の言葉通りだ、王よ。この身は日本ヤマトの名を冠した尊き武タケル―――日本武尊ヤマトタケルだ。その私にもしも英雄としての義務・・・・・・・・などというものが存在するのなら、それはただ一つ、絶対の強者を体現することだけだ」

 けれど、そんな強者にはなれなかった。
 義務を果たせないのなら―――それは罪だ。
 無論、誰かが彼にそうあることを望んだわけではない。ヤマトタケルとはただの名前だ。そこにとある英雄の姿を見ても、彼の英雄に真実最強者であることを望むものなどいるわけがない。

「タケルとは我が名であるとともに、純粋な最強力を指し示す号だ。貴殿ほどの英雄に今更言うまでもなかろうが、力そのものに善も悪も無い。
 ……極論すればな、王よ。最強でさえあればタケルなど誰であろうと、どうあろうと構わんのだ」

 それでも彼は、苛まれる。人は言う、書に記す。クマソのタケルが残した始まりの呪いを、それと認識せずただ一個の人間の名として容易く繰り返す。
 日本武尊日本武尊日本武尊ヤマトタケルノミコトタケルタケルたけるやまとたけるのみこと其れすなわち―――
 
『今日からお前がタケルだ、皇子よ』

 ―――最強たれ、と。

 どのような強者を相手にしても必ず勝利を収め、万軍をただ一人で相手にしようとも敗北しない絶対の強者。そんなものはこの世にいない。いないものになれるはずなどない。そんなことは判っている。
 それでも、自身をそれと偽ることは可能だったはずなのだ。その生涯においてただの一度の敗北もなく敗走もないのなら、彼は自らをタケルと偽ることができた。其はこの国で最も強きもの。ヤマトで最も猛々しきもの。クマソとイズモのタケルを討ち、荒ぶる神々をものともせず東征を成し遂げた、無敵の強者ヤマトタケル。そうであったのなら・・・・・・・・・・、彼は他ならぬ己自身を欺き続けられるはずだった。
 だと、いうのに、

『――――ミコトよ、どうか』

『どうか、先へ――――』


 今の彼は、自身をそう欺くことすらできないのだ。
 そんな事実を抱えながら、『セイバー』を苛む呪いは死してなおも彼を赦さなかった。

「抑止の座に捕らわれた我らが自己の改変を望むなら、座に直接干渉して存在情報そのものを引き上げるしかない。それも本来は不可能な難行だが、この地に降臨する聖杯があれば、あるいは可能となるやもしれぬ」

 座において存在を固定化された彼ら英霊は、決してその存在が変わることはない。
 老いることはなく、劣化することもない。つまりそれは、成長することも強くなることもないということだ。新たな知識を記録し蓄えることはできても、その存在そのものを変えることはできない。つまりこの男は“許せぬ己”のままで、永遠に記録され続けるのだ。
 皮肉な話である。
 英霊として座に祭り上げられることで、彼は『いつかタケルを体現してみせる』と、そう己に言い訳すらもできなくなった。

 どうすればいい?

 元より存在せぬ最強。消えることのない敗北の記録。決して変えることのできない自己。自身の情報と共に固定化された、力を渇望し続けることへの強迫観念。

 どうすれば、いい。

 そんな願望もの、最早都合のいい聖杯キセキに縋りつくしかないではないか――――



「私にとって無意味で無価値なのものは我が願いではない。今の私そのものだ。タケルでありながらタケルでない私自身だ。
 故に私は聖杯を望む。どれほどの犠牲を払おうと、その怨嗟の中で願望機に希い――――」



 無意味な自分に、意味を。無価値な己に、価値を。
 その身を堕とし、魂すらも売り払って望んだ願望機にかける願いが、



「――――私は、日本武尊わたしを成す」



 それが、この英雄おとこの望み。





 
 
 

 
 『セイバー』の独白は、それで終わりを告げたようだった。しんと静まり返った空洞の中心で、セイバーは堅い唾を飲み込んだ。
 ――――この男は狂っている。
 深く、静かに、聖杯という奇跡に狂っている。

 聖杯を手に入れることができても、『セイバー』の望みは叶わない。けれど、それでも彼は構わないのだ。ただ少しだけ。ほんの僅かにでも今の自分を変えられればそれでいい。
 妥協と諦観。その果てに、なおも捨てられぬ最強タケルという夢想。
 
「それが、貴方の望みか」

 嫌悪と、怒りと、驚愕と。
 それに僅かの哀切を込めて、セイバーは言った。

「ならば貴公の願いは、やはり無意味で無価値だ。いや、貴方のそれは自身の願いですらない、ただの妄執だ」

「妄執などと――――今更、何を当たり前のことを言っている騎士王。得られなかったもの。喪ったもの。守らねばならぬもの。その意味と価値を知るのは己だけだ。我らサーヴァントが聖杯に願う望みなど、どれもが既に腐り果てた悔恨そのものだろう」

「……『セイバー』?」

「雑事だ、騎士王。……多々色々つまらぬことを口にしたがな、そもそも貴殿が私の願いなど知る必要はない。そうだろう?
 それでもこんな話をして、貴殿に理解を求めていることは一つだけだ。そして私が貴殿に問うているのは、たった一つだけだ」

 相対する剣士と剣士。敵対する英雄と英雄。打ち合わされる剣と剣。
 元より言葉を挟む余地などないその関係で、互いが理解せねばならないことなど、一つしかないと『セイバー』は言う。


「私は、折れるつもりはない・・・・・・・・・。貴殿が理解すべきは、ただそれだけだ。
 それは貴殿もだろう? 騎士王。ならばどうして、“剣”を振るうことを躊躇する。
 ……それとも貴様・・は、自身の全てを賭さずして、この私を前に己を貫き通せるとでも思っているのか――――!」



「――――!!」




 ああ。そうだ。互いの望みも、願いも、理念も信念も想いも、そんなものは相手にとっては、路傍の石も同じ。


 相手がどうあろうとも、互いに譲りえないというのなら、やるべきことは決まっていたのだ。







「――――風よ」

 そう告げたセイバーの声は、どこまでも澄み切っていた。迷いは消えた。恐れは殺ぎ落とされた。ならば後はもう、剣を持ち、前を見据え、戦うだけだ。
 その声に答え、膨大な魔力を帯びた暴風が、空洞内を荒れ狂う。
 やがて姿を見せたのは、星の鍛えし尊き幻想。

「その決断を歓迎する、騎士王」

 暴風の中、それでもしかと大地に立つ『セイバー』は、その刀身を見て言った。 
 草薙剣を担う『セイバー』の腕が軋む。そうして彼は、緩んだ唇をほんの少し釣り上げた。それと知られぬように、淡く、小さく。
 この男でも、笑うことがあったのか。

「それでこそ、我が身の恥を曝した甲斐があったというもの……!」

「……謝罪しよう、『セイバー』。貴方の言うとおり、つまらない雑事にお互い貴重な時間を浪費してしまった」

 時代が違う。国も違う。本来異なるその道が、けれど聖杯戦争というこの舞台で、期せずして交差した。
 互いに抱いた望み。守らねばならない矜持。貫くべき、想い。
 交じり重なったその先に、けれど進めるのは一人だけだ。先へと続く未来みちは一つ。互いに譲れぬものがあるのなら、取るべき手段は一つしかない。

 ――――相手を斬り伏せ、その屍を踏み越えた者だけが前に進むことができる。
 その事実を前に、相互の理解など塵芥に等しい。
 あまりにも原始的で、暴力的な理論。けれどそれが、それこそが、


「決着をつけよう、『セイバー』」


 東西の島国で覇を極めた剣士達に共通した、単純で、絶対の原則ルールだった。








 


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