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状況
2008-04-14 Mon 03:37

 とりあえず、天天の最終話を上げました。
 蛇足になるかもしれませんが、エピローグは近日中に更新できたらな、と思います。
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天天最終話
2008-04-14 Mon 03:34
 


 かくて、彼は宿敵を斬り捨てた。



 跡に残ったものは、黄金よりもなお眩いものだと、信じた。




















「――――!」

 正しくこの剣霊の右片手平突きは砲弾であった。胸骨を砕き、刀の鍔までもが肉に埋もれていく。

「ゴ――――!」

 アサシンの細身が、こらえることすら許されずに吹き飛んだ。視界の隅に映る風景が、高速で前へと流れていく。遠ざかっていく視線の先に、アサシンはしかと大地に立つ『セイバー』の姿を見た。
 臓腑の奥で錆びた鉄の臭いを感じるのと、地に叩きつけられたのは、ほぼ同時。大地に身体の側面を鑢がけられ、数メートル先でようやく停止することを許される。

「…………!」

 むせ返る血を飲み込み、震える身体に鞭打ってアサシンは身を起こした。
 その背からは、正面から貫かれた太刀が、墓標のように突き出ている。青に赤。群青の衣に、じわじわと浅黒い血の花が咲いていく。
 確認するまでも無く、致命傷である。英霊の身であっても、最早長くは保つまい。
 ここに、雌雄は決した。
 長い、長い石段を擁する山門は、ついに静けさを取り戻したのだ。






「……ぬ」

 かちん、とアサシンの腹から生えた柄の先が、地面を打つ。そこでようやく、彼は臓腑を貫いている刃の冷たさを感じた。それは身体の熱を奪い、魂までも凍りつかせるような氷のよう。
 霞む視界の中で、それでも目を逸らすまいとアサシンは『セイバー』を見る。
 一際目を引くのは、吹き飛ばされた瞬間手放した物干し竿であった。『セイバー』の身体から、だらりとぶら下がる五尺の長刀。その刃を伝い、どくどくと赤い血が地面に滴り落ちていく。

「ふん」

 つまらなそうに鼻を鳴らした『セイバー』は、長刀の刃を掴んだ。その長い刃を、一息では引き抜けない。ずるりと鋼を滑らせた『セイバー』は、長刀を掴み直し、ようやく身体の内より引き抜いた。

「ふざけた刀だ」

 投げ捨てられた長刀は、からんと物悲しい音を立てて大地を転がった。その刃に、最早煌きは無い。『セイバー』の血に濡れ、魂の朽ちかけた刀身は既に月光を映すことすらできずにいる。
 未だ折れていないことだけが、この果し合いの結末に顕現した最後の奇跡であったのかもしれない。
 その物干し竿を、しばし見つめた『セイバー』は、


「いや。ふざけているのは、この結末……か」


 心底忌々しそうに、呟いて。








「――――――――ぬしの勝ちだ、アサシン」







 ぐらりと大きくよろめき。
 
 二つの天が、大地に沈んだ。







 
 ―――――この果し合い。敗れたのは剣霊であった。

「ぐ、ぬ」

 硬い路面に頬を擦り、『セイバー』は無理矢理体勢を立て直した。一瞬でも長く立ち続けたのは意地であり、伏せたまま消えることを良しとしなかったのは、剣士としての矜持であった。

 どっかりと地面に胡坐をかき、奥歯を噛み締める。


「口惜しい、な」

 
 この結果、傍から見れば相打ちだろう。『セイバー』の突きはアサシンの核を粉砕し、アサシンの円の太刀は『セイバー』の核を断った。
 それは、確かに事実であった。だがその事実には、足りないものが1つある。アサシンは武蔵の核を断つより以前に、二天を斬り伏せているのである。
 彼が仕留めたのは、アサシンのみ。対してアサシンが斬り伏せたのは―――――最早言うまでもあるまい。
 二天が愚かと叱りつけるのも当然だった。そも秘剣発動を容認した時点で、『セイバー』に勝ちは無かった。
 突きを放てた時点で、アサシンを仕留められることは分かっていた。だから後は、二天とアサシンの“相打ちだけで済ませる”ために、彼の長刀が核に達するより速く、相手を突き飛ばさねばならなかった。
 だと、いうのに。

「凌げると……思ったのだが、なぁ」

 アサシンの剣は、速かった。ただその単純な事実の前に、“武蔵玄信”は敗れた。この戦いの敗者は、唯一彼のみだった。
 
 
「許せ、二天」


 正中線にまで達した傷口を押さえ、彼は謝罪を口にした。あの日より今日まで、二天が連綿と積み上げてきたもの。天下無双は、今日で廃業だ。
 今は彼等の傍らで、肩を並べる男がいる。彼等と同じ高み。あるいはそれより一段高い場所に、一人の剣士の姿がある。

 アサシン・名無し。ただ速く、ただ強い剣士だ。

 けれどその謝罪は、そんな剣士に敗れてしまったことに対してではなく。

「損な役回りを、押し付けた」

 ―――――楽しかったから、まあ、良いか。

 それだけで敗北を飲み込んでしまいそうな、その心をこそ、彼は許して欲しかったのかもしれない。













「―――――異なことを言う。そなた達は二人で一人。それが二天ノ一と言ったのは、そなたであろう『セイバー』」

 青白い顔に笑みを浮かべ、アサシンは言った。
 勝利と敗北、そんなことは彼にはどうでも良かった。元より勝敗に拘るつもりは、無い。最高の技をもって、最高の敵に挑む。その目的の後に訪れた勝利と敗北は、アサシンにとって蛇足である。

「私は二天たるそなたたちを斬り、そなたも私を討った。ならば良い所、痛み分けであろうさ」

 地に転がる鈍色の長刀をちらと見て、彼はそう結論付けた。
『セイバー』を斬り、
『セイバー』に斬られ、
 そうして刀は折れなかった。
 ならばもう、拘るものなど何も無い。
 最良でなかろうと、最善は尽くした。ならばこの結末に、一片の未練もあろうはずがなかった。
 穏やかな顔に微笑を刻むアサシンに、

「痛み分け、などと口にするなアサシン」

 心外そうに、吐息を1つ『セイバー』はついた。その表情に、既に悲壮感は無い。
 敗れたはずの男は、飄々と。

「……少なくとも、儂がぬしと“分けた”ものは痛みなどではない。無粋だぞ、アサシン。こういうときはせめて、引き分け、と言うものだ」

「―――――ハ」

 あっさりと敗北を撤回した『セイバー』に、アサシンは思わず破顔する。しかしなるほど、確かに今のは全くの無粋であった。
 ―――――鳴いた烏がもう笑う、とは言うが。

「不敗は難儀よな、『セイバー』」

 それもまた、この剣豪の“強さ”なのだろうと、そんなことを思う。アサシンが身につけられぬ強さ。身につけようとは思わぬ強さ。それがきっと、この英霊にはあった。
 確固たるもの。形無きもの。苛烈にして、穏やかなもの。
 相反するそれらを、あえて表現するなら。

「『セイバー』」

 あの時、必殺の円を受け止めたモノは、一体何だったのか。
 そう問いかけたアサシンは、

「……無粋、よなぁ」

 それは勝利と敗北と同じ。どうでもよいことだと思いなおした。
 剣士は、剣で語ればよい。空手となった今では、語るべきも問うべきも無くなったということ。
 
「…………」

 何より今は、その身を包む心地よい充足に、静かに身を委ねて居たかった。













「…………ぐ」

 瞑目するアサシンを見据えながら、『セイバー』はゆっくりと立ち上がった。ふらつく身体に活を入れ、緩慢に歩を進めていく。
 向かう先は一点―――――地面に転がる物干し竿の下である。

「本当に、ふざけた、刀だ」

 拾い上げ、月の光にかざし、改めてその刀身の長さに瞠目する。花を散らし、燕を斬り、風を討ち、月を堕とす。五尺とは、つまるところ天地に届くために必要な長さであった。
 朽ちかけた刀は、この果し合いにおいて、紛れもなくアサシンの枷であった。最後の瞬間、円の太刀を止められたアサシンは、自重を加えることをしなかった。刀に身を預ければ、あるいは『セイバー』を両断できたやもしれぬのに、だ。
 
「難儀なのは、貴様のほうだろう。アサシン」

 折れはせぬし、折らせはせぬ。
 それは何者にも縛られる事の無い男が抱いた、たった一つの誓いだったのだ。愚かな話だと、『セイバー』は思う。刀とはただの鉄だ。それを振るう事に意味はあっても、刀自体に価値は無い。

「―――――いや。それもまた、仕方なしか。どれほど剣に生きようと、剣のみでは生きられぬ」

 剣のみで生きることができたら、どれほど楽な事だろう。けれどそれは、決して叶わぬことだった。彼等は剣士であり、殺人鬼足り得なかった。
 どちらも人でなしであることに異論は無い。倫理は希薄で、道徳は虚ろ。剣を愛したその先に、数え切れぬほどの骸を積み上げた。そのことに、何の痛痒も無いのだから。

 それでも、彼等は剣のみで生きることができなかった。

 心の片隅に、時折ひょっこりと顔を出すものがある。酔狂、誇り、意地。余人には決して理解できぬもの。そんな剣士の枷は、しかし魂と同義であった。
 群青の侍が“興が乗る”と表した其の心持は、

「ああ確かに―――――難儀よなぁ」

 彼等を剣士(かれら)足らしめる、折れず折らせぬ、矜持という名の譲り得ぬ一線だった。





「フッ!!」



 
 長刀を逆手に持ち替えた『セイバー』は、躊躇も見せずにそれを振り下ろした。月下、甲高い音が周囲に響き渡る。

「…………」

 希薄となった意識にも、それは届いた。ゆっくりと目を開けたアサシンは―――――その視線の先に、路面に突き立つ長刀の姿を見た。
 舗装された路面は、岩と同じである。朽ちた刀を折ることなく突き立てた『セイバー』の技量は、瞠目に値しよう。

「――――ク」
「――――カ」

 しかし彼等にとって、それは何ら驚くべきことではない。技量なぞ関係ない。例え年端もいかぬ子供がやっても同じこと。

「――――訂正しよう。ぬしは大した刀だ。そして果報者だ、貴様の刀匠(マスター)は」

 この贋作はこの世でただ一振り、二天ノ一を斬った刀だ。この程度では、決して折れぬ。まもなく彼等の現界が解けようとも、この刀だけは残り、やがて石段より下ってくるだろう作り手の内へと還っていくのだろう。

 それで最後の力を使い果たしたのか、『セイバー』は再びその場に座り込んだ。その存在は、既に希薄。それはアサシンとて同じ事。二人の剣士は、物干し竿より一足速く、あるべき場所に還ろうとしている。

「…………」

「…………」

 薄れ行く陽炎たちは、無言で同じものを見上げた。空と、月。思えば目指したもの、愛したものは同じく天にあったのだ。それは決して届かない、遥か彼方の夢幻である。
 アサシンと『セイバー』。彼等は共に、そこに至らなかった。けれどそれは、決して天の前に膝を屈したわけではない。

 ただ、少しだけ。
 ほんの少しだけ、人の身では、刻が足りなかっただけのことだ。



















 ―――――最期の瞬間、天を仰いで「遠いな」と呟いたのはどちらだったのか。「ああ」と頷いたのは、果たしてどちらであったのか。



 花が散り、鳥が眠り、風の止んだその場において、それを知るものは無論なく。




 真実を知るのはそれこそ、変わらず空に浮ぶ月だけだったろう。

 
 
  






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天天29
2008-04-13 Sun 03:23




 剣に生き、剣に捧げ、剣に死んだ。
 父母を敬う心をもって剣に服し、他者を愛する心をもって剣に寄り添い、子を慈しむ心をもって剣に尽くした。
 ならば、果たして。
 果たして、剣が、彼等に与えたものとは――――



















 後に残ったものは、互いに一振りの刀と、剣に捧げた時間だけ。秘剣も二天も、何もかも剥ぎ取られた丸裸の自分しかなかった。
 
 上等である。

 剣さえあれば、まだ、生きていける。

「――――お」

 身体が、軋む。間合いへと踏み込んだ『セイバー』は、大きく肩を捻っていった。鋼のような筋肉がその瞬間柔軟なゴムと化し、膂力を蓄積していく。
 やがて来る限界。がきん、と銃弾が装填されると同時、アサシンの長刀が再び『セイバー』の内を突き進み始めた。
 
「――――ジャッッ!!」

「お、お、お――――オァアアアアアアアアアアア!!」

 長刀が振り落ちる。同時に放たれた一撃は、紛れもなく『セイバー』が円明流最強と信ずる一刀だった。二天ノ一最速にして最長の間合いを誇る――――右片手平突きがそれである。


 ――――どれだけの時間を、剣に捧げただろう。


 剣を振った、剣を振った、剣を振り続けた。その結末が、間もなく訪れる。
 この先にあるのは、究極の自己肯定であり、否定。勝てば剣に捧げた時間の全てが意味を持つ。負ければ全てが色を失い、朽ち果てる。
 それは、反吐を吐くほどに心臓を締め付ける、極限の一瞬。
 月の光が、彼等の顔を照らしていた。笑っている。この瞬間にあって、優雅に、そして豪快に、二人の剣士は愉快そうに笑っていた。
 目線は決して逸らさない。互いの瞳に、同じものを見る。それは、はちきれんばかりに満たされた剣士(おのれ)の顔であった。

「――――ク」
「――――カ」

 そう、ずっとずっと、これが欲しかった。己と並び、立つ者。他に欲しいものなど、何も無かった。
 錆び臭い血反吐にまみれた金剛石は、きっとこの世で最も硬く、美しいと信じていた。
 それを信じ続けたからこそ、剣を振った。雨に打たれ、日に曝され、肩に雪を積もらせて剣を振り続けた。
 あの時間の全ては、ただ一瞬でも速く目の前の男に、己の剣を叩き込むためにあったのだと、そう信じられる瞬間。



 ただ、ずっと。



 そんな瞬間が、来ればいいと――――




 
「――――!」

「ア、サ、シィィィィィン!!」

 



 剣に生き、剣に捧げ、剣に死んだ。





 その報酬、ここに貰い受ける。





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天天28
2008-04-11 Fri 18:34




 感慨は無い。人を斬ったその瞬間に、思うことなど何も無い。
 斬った後に何を思うかは、斬ってみねばわかるまい。








 侵入は、あまりにも滑らかで迅速だった。脇差を担った『セイバー』の左腕を中ほどから断った物干し竿は、それが落ちる間も与えず、本丸へと進み沈んでいく。
 鍛えられた剣霊の肉体も、暗殺者の技をもってすれば紙と同じだった。首の付け根から右腰まで。袈裟切り両断しても、断たれた左腕が血を吹き出すまで暇があろう。

 その、神速の斬撃が。



         そノ地ヲ侵略すルコと       アタワず
“――――大なる所より小き所を知り、淺きより深きに至る”





 突如、『セイバー』の鎖骨を断った先で、止められた。

「――――?!」

 刃を飲み込むその感触に、アサシンの眼が見開かれる。骨ではない、肉ではない、腱ではない。そんなもので、彼の剣は止められない。
 何なのか、これは。
 かつて経験のない感触。この世で斬れぬものなどないはずの剣士は、その手ごたえに瞬きほどの一瞬、手を止める。




 ――――その正体を、ただアサシンの担う物干し竿だけが知っていた。




 これは、無限の同胞達が突き立てられた大地の感触であり、
 錬鉄の火の熱であり、
 熔けた鉄を慰撫する水の清らかさであり、
 ただ、そなたを呼ぶためだけにあの剣の丘より引き抜かれた時に感じた、風の息吹である、と。
 
 地水火風。

 その四つが揃ったなら、それはつまり――――

「笑止」

 
 それがどうしたと、アサシンは言った。例えこれが、地であろうと、水であろうと、火であろうと、風であろうと。


 ――――世界であろうと。


「総て」


 斬る。


「――――ジャッッ!!」

 振り下ろしの勢いは、死んだ。自重は加えられぬ。なればこそここでアサシンは、刀で人を斬る、その基本を加速させた。
 刀を、引く。自身の膝元へと両腕を振り落とす。担い手の意思に呼応し、朽ちかけた贋作が再び、空を欠いた四つの輪へと最後の牙を剥く。

 次の瞬間、ぶつり、と。
 1つの命を断った感触を、物干し竿が忠実に、担い手へと伝えた。







 ※※※※※※※※※※


 




 八小節によって紡がれた奇跡は、敵の侵略を刹那食い止めた後、陽炎のように揺らめいて融けていった。


「――――よくぞ」


 堪えた、二天――――消え逝く片割れの意識へと向けて、『セイバー』は決して届かぬ賛辞を送る。それは今日まで片時も離れなかった半身への、葬送であった。

 元より、この結果は分かっていたことだ。

 次元を捻じ曲げ、三つの軌跡が同時に存在する燕返しに、死角は無い。

 そのなかで、たった一歩。武蔵玄信の剣が届く間合いへと踏み込むための、僅かな時間。その空白を作ったことで、二天の役目は終わった。
 
 つまりは、書や画と同じだ。武蔵にできて、二天にできぬことはない。しかし二天にできて、武蔵にできぬことはある。外法の類に一切縁のない武蔵玄信にできぬことが、二天にはできるのだ。

 とある条件下でのみ許される、二天ノ一唯一の“魔術行使”。

 かつて、才能ある者を求めて諸国を廻った二天は、その道中で再びあの坊主と会い見えた。自らの施術の結果を確かめに来たと嘯くその坊主に、師事した成果がこれである。等価交換。代償など安いもの。坊主はただ、神秘に見放された希代の剣豪を使って、どうしてもある実験がしたかっただけ。
 その結果に坊主が満足したのかどうかは知らない。興味も無い。
 しかし、彼等は失敗作だったのだろう。たった一度の魔術行使の代償に、二天の存在はすりつぶされた。
 ああ、それでも。


「空は見えたかよ。二天」


 太刀の柄を、握る。ここから先は、武蔵の役目だ。後は全力で、手にした太刀をぶち込むだけのこと。

 高く、何処までも天高く。

 傷つきもがれた片翼を胸に抱いて、『セイバー』は空へと飛翔を開始した。






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天天27
2008-04-07 Mon 22:25


 二天ノ一は、最強の剣だ。太刀一つより、数の上で有利となる。

 ならば三刀同時の前には、数の上で不利になることも、また道理。










 何処までも単純な、数の論理だ。




 




 

 



「――――カ」

 燕を1羽、願おう。この死地にあって、胸を占めたのはそんな思いだった。思い出したことがある。そういえば、これは万能の釜たる聖杯を求めての戦争だった。そんな、気にも留めていなかったことを、今更ながらに思い出した。
 もしも何かの間違いで、この後聖杯に何かを願える機会があったなら――――燕を1羽望もう。

 アサシンの秘剣、燕返し。

 笑うしか、無い。それより他に、できることなど無かった。燕とは、こうまでせねば斬れぬものだったのか。
 ならば燕こそ、真実天下無双だろう。そんな燕に、挑んでみたい。故に問おう、願望器。自分と二天であったなら、果たして燕を斬る事ができるのか?
 答えは無い。そうしてきっと、永遠に出ない。かつて無双に絶望した。けれど、ああ――――目を向けることの無かった世界の隅には、決して斬れぬ相手がいたのだ。我等はそれに気付かず、アサシンはその敵に挑み続けた。

 どうして我等は、燕に挑まなかったのか。

 それが、ただ、今となってはどうしようもなく悔しい。

「アサシン、貴様、どれほどの修練の果てにここに行き着いた」

 その時間を想い、唇が震えた。三つの軌跡が、必死を突きつける。頭上より股間を断つ縦の線。自身を囲む、円の線。そして横への離脱を阻む払いの線。軌道の異なる三つの煌きは、その一つ一つが必殺だった。
 破れるはずがない。かわすこともできない。これは、人の身で神仏を斬る修羅の業だ。そんなものに、どうして立ち向かうことなどできよう。
 天下無双。笑わせる。自分たちは、神でも仏でもない。
 しかして眼前の男は天才だった。ただひたすらに一念をもって、彼岸の先へと剣を届かせることのできる、本物がここにいる。
 雑念の全てが昇華された長刀の軌跡は、斬られることにすら感動を催すほどの、必殺という名の芸術だった。



 この剣を前に生き残ることなど望めない。望んでは、ならない。
 
 
 
「――――だからこそ」



 ああ、そうだ。だからこそ。


「刮目せよ、世界」


 もしもこの剣を受け止めることができたなら。
 地を食み、
 水を呑み、
 火を掴み、
 風を知ってなおも届くことのできなかった。





「今宵、我等は、――――空に至る」 





 あの、決して届かなかった場所に、行き着くことが出来る――――!!
















「ォォォォォォォオオオオアアアアアアア!!」

 咆哮は、ただ己に活を入れるためのものだった。武蔵と二天。彼等の両腕は、秘剣発動の瞬間からとうに動いている。元より剣速で劣る『セイバー』の双刀は、ここで最速を超越し、自身の身を守るための構えを終えた。
 横たえた脇差を頭上に。脇を占め、立てた太刀を身体の真横に。アサシンの長刀は、幾度もイメージしてきた通り、違うことなく『セイバー』の太刀脇差と激突する。

「――――!」

 弾く。骨の芯に直接針をねじ込まれる様な痛みと痺れを残し、それでも『セイバー』はアサシンの二撃を防いだ。縦の線を脇差で。払いの線を太刀で。正しくここまで、『セイバー』は完全にアサシンの秘剣を受け止めきって見せた。
 けれど、その奇跡もここで終わり。この剣士の秘剣を前に、二刀では一手足りぬ。
 敵を囲む、円の線。最長の軌跡を描くがゆえに、同時に放たれながら刹那遅れて到達したそれは、袈裟切りの形で頭上に掲げられた『セイバー』の左腕を通過すると。

「――――が!」

 そのまま首筋へと、無造作に喰らいついていった。








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天天26
2008-04-05 Sat 03:08



 ※※※※※※※※※※
 about 7days ago
 ※※※※※※※※※※





 多重次元屈折現象(キシュア・ゼルリッチ)。耳慣れないその単語が彼の鼓膜を突いたのは、“この山門を守れ”とマスターに命じられてより二日目のことだった。呟いたのは他でもない、彼のマスター・臓硯である。普段の好々爺然とした表情を歪め、五百年を生きる老魔術師は淡々と、騎兵の脱落を『セイバー』に告げた。


「朗報ではないか、臓硯。ぬしにとってはな。此度の戦争、我等にとってもっとも厄介だったのは、騎兵の宝具であろうがよ」


 騎兵の脱落を知った彼の、第一声である。言葉とは裏腹に、心底つまらなそうに『セイバー』は言った。

 空を飛ばれる。それは単純ではあるが、『セイバー』にはひどく厄介な行動である。何故ならこの英雄には、基本的に遠距離攻撃の手段が無い。
 その気になれば、脇差を数百メートル先の的へと投げ当てる技が『セイバー』にはある。あるにはあるが、空を自在に高速で浮遊するライダーに、よもやそれが当たるなどと期待することはできないだろう。
 無論、令呪さえあれば、話は違ってくるが。
 故に、ライダーは今回の戦争において、『セイバー』が“単独”で打倒できぬかもしれない唯一の相手であった。相手がアーチャーならば、飛来する矢を捌いて近づけばよい。キャスターはそもそも相手ではない。言うほどに容易くは無かろうが、それができるからこその剣霊であり、武蔵玄信である。

「仕留めたのは、誰だ? 前回のセイバーか、あるいはアーチャーか。ライダーの宝具と真正面からやりあえるなぞ、この二人しかおるまいが」

 可能性としては、弓兵の方が高いか。嘘か誠かわからぬが、あのアーチャーは生前、その弓によって鬼すら退けたという。
 鬼の船を撃ち抜き沈めるというのは、あの弓兵にはおあつらえ向きすぎて、笑い話にもならぬだろうが。
 だからこそ。

「アサシン、だと? 」

 その答えは、意外であり。

「巌流、とは呆けたか? 臓硯。この儂がおらぬと言っている。ヤツが存在せぬ証明に、これ以上確かな事などあるまい」

 その真名は、論外であり。

「多重次元、屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)――――」

 その秘剣は――――埒外だった。




「ならば、やはり朗報だろう。面倒な相手は消え、アサシンの正体も知れた。ああ、まったく、愉快な話しだ」

 煮えたぎるものを飲み込み、努めて『セイバー』は冷静に振舞った。胸の内に芽吹いたものを、つまらぬ横槍で刈り取られては堪らない。
 濁りきった瞳が、『セイバー』を射抜く。

「よもや、負けはすまいの。他ならぬ貴様が、アサシンに」

「――――当然だ。この儂が巌流小次郎を名乗る者に、負けるわけがなかろう」

 臓硯にとって大切なのは、その一点のみだったのだろう。必勝を確約する『セイバー』をしばし濁った目で見つめた老魔術師は、問いただす事も無く闇に溶けていった。
 その名残へと向け、『セイバー』は言う。

「負けはせぬよ、臓硯。儂は決して、アサシンに負ける事はできぬだろうさ」

 だがそれも、燕を斬る秘剣などという、埒外なものが無ければの話。
 胸中でそう呟いた『セイバー』は、刀に手をかけた。右を太刀に、左を脇差に。そのまま自然体へと移行し、さらに左手を二天に譲渡する。

 闇を切り裂く、太刀一閃。

 太刀と脇差。舞うように、砕くように。剣筋の色を一刀ごとに変え、彼等二人は剣を振り続けた。それは、観客のいない演武のよう。汗一つかくことなく、希代の剣豪は理想の動きを求めて双刀を振り続けていく。

「…………」

 その動きが、突如停止した。自然体で佇む姿は、外見こそ若く見えるが、まさに彼の武蔵玄信そのものであった。半眼で中空を見つめ。右手を斜め横に持っていく。
 釣られるように、左手が頭上へと掲げられた、その瞬間。

「ゼッ!!」

 垂直に振り落とされる脇差。横に薙ぎ払われる太刀。両刀の動きは、正しく同時であった。振り抜かれた次の瞬間、武蔵は身体を捻り、左手が右手に添え“られる”。

「――――!!」

 旋回する。太刀と脇差が進む方向は同じだった。眼前の空間を丸ごと囲い包むように、双刀は長さの分、大きさの異なる円を描いた。
 頭上より股間までを断つ縦の脇差。横への離脱を阻む払いの太刀。
 そして、相手を囲い込む円の線。

「三刀同時、というのなら」

 止めていた呼吸を、残らず吐き出す。そうして見惚れるような動きで『セイバー』を刀を鞘に収めた。

「やはりこれが最善か、二天」

 問いかけた相手は、無論何を言うわけでもない。ただ、心地よい響きを立て、脇差が鞘に収まった。
 縦と横。彼等が同時に放ったのは、二刀のみ。
 遅れて繰り出した、円の軌跡を。

「できるというのか、アサシン。同時に」

 だとするならそれは、不破の魔技に他ならない。
 畏怖が全身を支配するのを、『セイバー』は感じた。破る方法など無い。避ける事すらできない。剣士であるなら、一度はそれを夢に見る。そうしてやがて、ありえぬことだと諦める。理想に謳われ、決して届かぬ剣の道における究極の夢想。


 必殺。これは、それだ。必ず殺す。そうして必ず殺される。文字通りにそれを体現できる剣士と技を、『セイバー』は知らない。それは、自身と二天を含めても同じ事こと。
 しかし彼のマスターは、それを成し遂げた男が、よりにもよって宿敵の皮を被り、この戦争に参加しているという。

「は――――!」

 何という幸運。歓喜を無理矢理捻じ伏せ、『セイバー』は山門に背を預けた。できることなら、今すぐにでもアサシンを求めて石段を駆け下りたい。待つだけなどと、剣で斬られる以上に苦痛だった。

「まあ、よいさ」

 耐えて見せよう、と『セイバー』は未だ見ぬ男に語りかけた。何しろ、先に待たせたのは彼のほうである。それは身に覚えのない果し合いであったが、少なくともこの山門は、波風の吹きつけるどこぞの島よりは過ごしやすかろう。

 ――――待っているから。
 
 『セイバー』・宮本武蔵玄信は、アサシン・佐々木小次郎を待ち続けているから。
 だから、アサシン。未だ見えぬ、宿敵の名を名乗るサーヴァントよ。

「必ず儂と出会え、アサシン。つまらぬ英雄(あいて)に、躓いてくれるなよ」

 目を閉じる。そうして彼は想像の海に沈んだ。アサシンの秘剣。やがて自身に襲い掛かるだろう、必殺の軌跡を思い描く。
 話す相手もおらず。
 未だ敵が、この山門を訪れる気配すらないが。

「くくく」

 こうして、宿敵の姿を思い浮かべるだけで。



 退屈だけは、しないと思った。









 ※※※※※※※※※※









 風流を解さない彼も、今宵の満月だけは美しいと感じた。この世界には、空がある。ただそれだけで、ここは彼等が支配する世界よりも上等だった。
 最後に欲するものは、己の内には決して存在しない。そんなことは、今更思うほどのことでもないと、『セイバー』は自嘲する。

 その彼の前で。

「秘剣――――」

 あれほどに、待ち望んだ宿敵が。
 幾千、幾万と夢想し、その数だけ『セイバー』を必殺したアサシンの魔技が。















「――――――――――――燕返し」














 ここに、結実する。





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