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状況
2008-03-26 Wed 01:13

 天天、ようやく佳境まできました。この程度の長さを書くのに、どれだけかかっているんだという話です。
 一応、最終巻の「空に浮ぶ、月」は書き終えているので、締めを書いたら順次乗せていきます。
 それでは。
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天天25
2008-03-24 Mon 23:27






 二天ノ一の完成を、夢に見た。


 それが剣を振る事をつまらなくするなどと、考えてもみなかった。






 ※※※※※※※※※※
 about 400 years ago
 ※※※※※※※※※※





「つまりは、退屈ということか? 玄信。
 たわけ。その身を突き動かしてきた衝動を、忘れたわけではあるまい。外では曖昧に霞もうと、ここではしかと憶えているはずだ。
 ――――私を欲したのは、そもそも何故だ? 」

「それは全てに優先されることではあろうがよ、儂にとっての絶対ではない。ぬしを得て、それでも儂等は至らなかった。それは良い。
 ――――問題はな、二天よ。これより先の道が、どうしようもなくつまらぬものだろうということだ」

 生まれた時より、一つの衝動があった。故にこそ、宮本武蔵玄信は二天を求めた。
 二刀の完成など、履き違えも良いところ。二天の存在そのものが、武蔵玄信という男の終着の過程であったのだ。
 ゆえに、これより先為せばよいことがわからない。けれど、そんなことは重要ではない。
 つまり、武蔵玄信という男にとって、

「剣を振るうことすらつまらぬというのなら――――そら、そんな生に、一体何の意味がある? 」

 履き違えたそれが、二天を抱いて見つづけた幻影が。
 剣というものが、もはや原初(はじまり)にみた本物以上に、輝きを放っているという話。

 だから、考えてみたこともなかったのだ。
 かつて、理想に見た二刀の極地。
 そこに至ったなら、もはや己と満足に果たしあえるものなどいない、などと。

「自惚れるな、玄信。そなたは無双にでもなったつもりか。この天下に、かなう者など無いと」

「まさか。だが、出会えぬだろう? 出会えぬのなら、それはいないも同じこと。
 やはり儂は、決定的なまでに外道に縁がない。まさしく、あの坊主の言った通りだ。――――儂は、外れた者には出会えぬ」

 この世には、想像すら及ばぬ化け物どもが存在する。
 異端にして異能の外道達。しかしお前は、決してそれらに出会えぬ。お前が出会えるのは、生涯唯一この私だけだ玄信。
 
 かつて告げられたそれは、今の武蔵には呪いと同じだった。天下無双。その言葉の、何とおぞましいことか。並ぶ者がいないというのは、つまりは究極の孤独であり、退屈である。
 
「今の儂には、やりたいこともやれることもない。故に二天よ」

 ――――身体は、ぬしに譲る。好きに使え。
 当たり前のように告げられたその言葉に、
  
「玄信。そなたは、過程にこそ価値があったとでもいうのか」

 痛みを堪える子供のように、二天は顔を歪ませた。




 


 ※※※※※








「……!ゴホッ!!」

 肺を満たす冷たい夜気に、思わず咽返る。次いで感じたのはへばりつくような喉の渇きであり、空腹から来る腹痛であった。
 
「たわけ、が」

 恨み言を呟き、立ち上がる。背後にそびえる木に武蔵が背を預けて、既に十日。よくぞ野に棲む獣に襲われなかったもの。
 空腹と渇きに苛まれた身体は鈍重であり、厭わしかった。こんな状態で身体を放り預けて、「やりたい事をやれ」などと、よくぞほざいたものだ。

「――――!」

 ぐらり、と世界が反転し、強かに尻を地面に打ちつけた。痛い。虫の音がうるさい。鼻を突く土と草の匂いに、目が廻りそうだ。

「はは」

 思わず、笑う。五感で感じる世界とは、こういうものか。今までは、ものを見ることしかできなかった。見て、視て、刀を振れば、それでことは足りた。
 全てを収め従えた世界から抜け出して、今日からここで独り、何かをせねばならない。

「やりたいことなど」

 無い。そういいかけると、盛大に腹が鳴った。それが酷く情けないことのように思われて、思わず顔を手で覆う。

「……ある、か」

 とりあえずは、水を飲んでみたい。何かを腹に入れてみたい。虫の音も、世界の匂いも、こうして寝転んでいるとそう悪いものではない。

 浅慮に過ぎるかもしれないが――――ああ、何とか生きていけそうだ。

「…………」

 顔を覆っていた右手を、月にかざす。今日からこれも、自分の腕だ。ふらつきながらも立ち上がり、太刀に左手を掛け、抜く。

「やはり、馴染まぬか」

 初めて振り上げた太刀は、重かった。これこそが、玄信の担ってきた重みだった。
 太刀を右手に持ち替え、空となった左手で脇差を抜く。

「……うむ」

 しっくりときた。玄信、やはり太刀は私には少々重過ぎるようだ。
 とはいえ。

「慣れねば、ならんか」

 ああ、そうだ。やりたい事を、もう一つ思いついた。
 お前の夢を、叶えてみせよう。
 作ればよいのだ。玄信が決して出会えぬもの。異能に拠らずして、我等二天ノ一と並び立つ者。宮本武蔵玄信の敵となりうる剣士を、この手で育て上げ、目の前に立たせて見せよう。
 
「寝ていろ、玄信。何者かが二天(われら)に届く、その日まで」

 まずは、剣理を構築し直す。二天ノ一を、そのまま余人が修めることはできない。才能云々の話ではなく、これは玄信の特殊性に拠るものだ。故に、他者に我等の二刀を今のまま教えることはできない。
 同時に、国を廻る必要があるか。かつて玄信が私を追い求めた時と同じ、今度は玄信を越える才を持った者を求めて。あるいはどこぞの国に仕官して、集めてみるのもよいかもしれない。

「――――行こう」

 やりたいこと、やるべきことへと向けて。


 たった一つの望みを胸に、宮本二天は月に背を向けた。





 ※※※※※







 最後の一段を、同時に踏む。言葉も無く互いに背を向け、数歩進んで彼等は振り返った。
 第六次聖杯戦争。その最後の幕が、ここに開こうとしている。

「獲物はそれでよいのだな、『セイバー』」

「――――ん? 」

 すらりと二刀を抜きさる『セイバー』に、アサシンはそう問うた。次いで自身も背に括りつけた鞘入りの弓袋から刀を抜き、空となったそれを無造作に脇へと放る。

「『小次郎、敗れたり』」

 その仕草で問いの意味する所を理解し、にやりと『セイバー』は笑った。確かに、佐々木小次郎に対する武蔵玄信の獲物に、太刀脇差は相応しくなかろうが。

「馬鹿馬鹿しい。アサシンよ。貴様が誰かも儂が何者かも、ここに至っては価値など無い。船島など、あの月よりも遠かろうさ」

 真円を描く月を太刀で指し、『セイバー』は言った。ここにいるのは、剣に全てを捧げた男が二人。真名に価値は無く、願えるなら意味すらも消し去って貰いたい。
 これより先の一合に、運も幻想も彼等は望んではいない。
 彼等が望むものは、ただ一つだけ。

「何よりぬしの秘剣、木剣一つで追い着けるなどと、断じて思ってはおらぬ――――」



 ――――邪魔だけはするな。黙って見ていろ、世界。



「――――いざ」


 呟きは、同時だった。構えるはアサシン。対するは自然体の『セイバー』。彼等の願いに答えるように、周囲から全ての音が消えた。

 空に満月の浮ぶ、今宵。

 刀身五尺の物干し竿が、二天に届く。
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天天24
2008-03-24 Mon 03:55
 

 ※※※※※※※※※※
 about 400years ago
 ※※※※※※※※※※





 これは、とある肉体に宿った二人の、生涯唯一の邂逅の記録である。




 誰よりも傍にいながら、しかし決して見える事無い彼等の邂逅は、やはり常世では果たせなかった。故にその場所は、彼等が彼等のために作り上げた世界だった。
 その世界に、名前は無い。それも当然だろう。名とは、必要があって初めてつけられるものだ。ならばその世界に、名は必要無い。少なくともそこに住まうたった二人の住人は、その世界に名を付ける意味を見出さなかった。
 己にしか見えぬ心象風景になぞ、名を付ける意味などなかろう、と。

「…………」

 異世界。そこは真実、異なる世界であった。常識の通じぬ場所。二人の剣士が作り上げたその箱庭は、地水火風の荒れ狂う異世界であった。
 荒野に立つ、一つの影。この影こそが、この世界の主である。地水火風。世界を構成する四大元素。それを収めたその時に、影はこの世界の支配者となったのだ。

「…………」

 影が、天を見上げた。それはまるで道に迷った旅人が、星を頼るような仕草であった。

「未だ、足らぬか」

 しかしてそこには星は無い。いや、星どころか空が無かった。空の無い世界に吹き付ける風は、身体ごと持って行かれそうな暴力の顕現である。雨の降りしきる炎の庭は、永延と大地の続く、地獄のようだ。
 天を仰げばそこにあるのは、何処までも続く“大地”である。ただし、逆の。風がうねり、雨が地を叩き、火炎の渦巻く、全てが逆のもう一つの世界。境界すらも曖昧なそれが天にある。
 まるで、巨大な鏡が天を覆い尽くしているかのようだった。そんな鏡写しの天を見上げ、剣士は声をかけた。

「何をしている、玄信」

 唯一つ、全てが同じ天上の世界にあって、剣士の存在だけが別だった。逆さまの世界に座り込んでいた男は、その言葉に天を見上げる/見下ろすと。

「おどろいた、ぬしはそんな形(なり)をしておったのかよ。二天」

 月ほども離れた場所で、器用に片目を瞑った。

 地水火風。全てを飲み込んだその世界の中。
 世界の真理にすら、指先をかけながら。
 
「何もしておらん。ただ、やる事が無くなったので、呆けておっただけさ」

「……阿呆(あほう)」

 未だ、互いに、空だけが見えない。
  






 ※※※※※






 それは、あまりにも奇妙な光景だった。円蔵山柳洞寺へと至る、長い石段。その石段を、時代錯誤な衣に身を包んだ二人の剣士が、共に肩を並べ降ってくる。
 帯刀する両者を見咎めるものは、この場にいない。故にただ、世界と宵闇だけが知っていた。黒と群青の侍。この男たちこそ、誰であろう宮本武蔵玄信と佐々木巌流小次郎。史上最も有名な宿敵同士であると。

「意外であった」

「何がだ」

 自然、言葉を紡いだのは、群青の侍であった。アサシン佐々木小次郎――――しかしてその皮を被っただけの、名無しの百姓。歪なまでの長刀を収めた弓袋を背負い、アサシンは呟く。

「勝つ。そのためならば、如何なることでもするのが、そなただと思っていた」

「――――ああ。その通りだ、アサシン。儂は負けることが恐ろしい。何しろ負けたことが無いゆえな、それがどのようなものなのかわからん」

 その生涯において、不敗。解からぬものは恐ろしいと、『セイバー』は言う。

「だが、仕方あるまいよ。儂には、負けぬ事以上に重きものがある。――――無論それを守るためには、貴様を斬り伏せねばならんが」

「…………」

「何が、とは聞かんのか。アサシン」

「聞いて欲しいのか? 『セイバー』」

 「いや」、と呟き、『セイバー』は首を振る。アサシンが問うてきたなら、彼は指折り数えねばならない。重きもの。負けぬ事以上に大切なもの。決して多くはないが、武蔵玄信という男は、そういったものを幾つか持っている男であった。

「負けぬためなら、大抵の事はやる。だがアサシンよ、特別なことをせねば勝てなかった相手になぞ、ついぞ出会える事はなかった。これは、驕りではない。勝つために儂が為したとされるあれこれは、大抵が後の世の創作に過ぎん」

 あるいはこやつの創作だ――――微苦笑を浮べ、『セイバー』は軽く己の左腕を叩いた。

「思えば、滑稽な話だ。先刻ぬしは、己を“佐々木小次郎の皮を被った亡霊”と称したが、儂とて二天によって“喧伝”された英霊に過ぎんのさ」

「それが不満か、『セイバー』」

 わからぬな、とアサシンは首を振った。僅かにでも理解に努めようとしたことが、酷く滑稽に思えた。幻想を押し付けられたモノ。その一点だけ同士であろうとも、アサシンと『セイバー』は決定的に違う。
 理解しあうことなど、永遠に無い。幾度見えることがあろうとも、彼と彼等は宿敵であり続けるのだろう。
 共に肩を並べ歩きながら、アサシンの瞳に友好の情はない。その顔をちらと横目で見た『セイバー』は、あっさりと頷いた。

「不満に決まっておろうが。卑怯と触れ回るのはよい。だが、心根だけでなく体までが汚れていると思われることは、我慢がならん」

「――――何? 」

 顔を向けたアサシンを、『セイバー』は一瞥した。怜悧な瞳、整った顔(かんばせ)。身につけた群青の着物は、どこまでも涼しげであった。
 美しいとも思わぬ。麗しいとも思わぬ。ただ、雅な男はであった。それが、本当に、『セイバー』には気に入らない。ああ、この男は本当に、佐々木小次郎当人ではないのか。
 

「……見ての通り、そなたほど形(なり)に気を使っているわけではないが」

 無造作に後ろで束ねた髪を撫でつけ、『セイバー』は自身の着物の肩の辺りを摘み上げると。

「如何に儂とてな――――水浴びぐらいは、する」

 不機嫌そうに、そう吐き捨てた。

「…………は」

 呆然。そんな表情が、その整った顔にあったのか。目を見開き『セイバー』を凝視したアサシンは、ふと目の前の男の逸話を思い出した。

 ――――曰く。

 襲撃を警戒する武蔵は、丸腰になる事を恐れ、風呂に入る事がなかったという――――。

「『セイバー』。そなた」

 口元が、つり上がる。それを止めようとは思わなかった。
 舌打ちし足を速める『セイバー』合わせ、石段を降りながらアサシンは、

「気にしていたのか? ……天下無双の二天一流。存外、繊細であったか」

 からからと、楽しそうに笑った。




 後の世に対する不満など、おおむねそのようなものだ。そんなことを気にしてみた時間も、終わりを迎える。
 さて。
 祭りの終わりに、大きな花火を打ち上げようか。
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天天23
2008-03-21 Fri 00:08



「何を言っている、『セイバー』」

 その瞬間アサシンが感じた困惑は、紛れもなく此度の戦争で最大のものであった。そのアサシンの前で『セイバー』は、飄々と石段を二つ降り、言う。

「多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)――――ぬしの秘剣の正体は知っている」

「…………」

 その一言に、何を感じたのか。あるいはその心中には小波すら立たなかったのか。アサシンの表情から、窺い知ることはできない。
 肩を竦め、『セイバー』は足を止めた。

「“秘剣”なれば、文字通り秘しておくべきだったな。騎兵を斬ったは良かったが、それを見ていたモノがいたということさ」

「……成る程。あの時感じた気配は、そなたのマスターであったか」

 アサシンの瞳に、僅かに苦笑の色が混じる。
 『セイバー』のマスター、マキリ臓硯。確かに彼の老魔術師であれば、眷属たる蟲を使い、あの夜の出来事全てを見ていてもおかしくは無い。
 されど後悔は無かった。あの時、騎兵を相手に他に採り得る選択肢など無かったのだ。
 何より。

「元より、たまさか燕を斬ろうと思い立って身につけた芸だ。出し惜しみするようなものではない」

 “出せば斬れる”。それが、この男の魔技である。打破不能にして回避不能。生き残る手段は唯一つ、決してこの剣士に秘剣を出させない事のみ。
 故にアサシンにとっての課題は一つ。如何にして『セイバー』と己の立ち位置を平行にするかの一点である。現状のように頭上に居座られていては、彼の秘剣はその真価を発揮する事ができない。

 そう。

 逆に言えば『セイバー』は、秘剣の正体を知っている以上、決して今の陣取りを崩すわけにはいかないはずなのだ。だというのにこの男は、よりにもよって共に階下に降りようという。
 ならば、その意図するところは。
 
「出せぬというか、『セイバー』。我が剣は、決してそなたに届く事は無いと」

「出せるというのか、アサシン。――――もう気付いているはずだ、貴様の剣が必殺なればこそ、我が身には決して届かぬと」

 本当に。
 心底忌々しそうに、剣士はそう吐き捨てた。

 この世界には、この国には、この戦いには、四世紀近い前より一つの幻想が存在する。それは個の意思を無視し、技量を覆し、結果を“正しい方向へと歪める”呪いであった。
 即ち、佐々木小次郎は宮本武蔵玄信には勝利し得ないという、勝利と敗北の押し付けである。なればアサシンの秘剣が真実必殺なればこそ、その発動は許されまい。彼等が彼等である以上、どうしようと五分の条件など望み得ないのである。

「――――随分と見くびられたものだ。『セイバー』よ。ここにきてこの果し合いに水を差すとは、貴様こそ無粋が過ぎるぞ」

 淡々と、しかし隠し切れぬ怒気を秘めた声色であった。およそアサシンに似つかわしくないその声は、しかしそれこそ彼が幻想に縛られている事の証左であったのかもしれない。
 だが彼は、もとより果し合いにおける五分の条件など望まぬ男であった。世界の修正、人の幻想。そんなもので己の剣が鈍るのなら、所詮はそれまでの技だったとするのが、この男ではなかったか。
 故にこそ、『セイバー』の態度こそが、無粋の極み。
 秘剣発動のお膳立てをしてやろうという、傲慢そのものに過ぎぬ――――




「否。これはこやつの我侭だ。

 ――――是非もなし。

 この身には、二天ノ一に至ってなお届かなかった望みがある。その願いを叶えるために、世界などに邪魔をされるわけにはいかぬのだ、アサシン」




 暗闇の先でそう告げたのは、果たして誰だったのか。





「……『セイバー』?」

 眼を見開いてそう呟いたアサシンは、しかし続きを飲み込んだ。小さく頭を振る。どうでもいいことだ。『セイバー』望みが何であるのかも。今の一瞬、初めて言葉を紡いだ誰かのことも、どうでもいい。
 
「――――ク」

 『セイバー』の傲慢に、変わりは無い。しかしアサシンの心中は、何故か重い泥を振り払ったかのように涼やかであった。
 ――――死力を尽くせ、と『セイバー』は言っているのだ。
 全てを出し切った貴様を斬らせろ、と言っているのだ。この傲慢で不遜な天下無双“達”は。

 良いか、とアサシンは構えを解き、『セイバー』に背を向ける。アサシンにも、かつて望んでいたものがあった。そうして決して、得られぬものがあった。上等な剣との果し合い。夢の中まで追い求めたそれが、今宵叶い、終わりを迎えようとしている。
 天下無双の二天一流。その死力。見物料が己の秘剣というのなら、悪くはない。
 何よりも。

「よかろう、『セイバー』。我等がこの石段を降りる頃には、月も再び、その顔を覗かせよう」

 厚い雲の塊を見上げ、アサシンは言った。この判断に、明確な理由など無い。
 興が乗った。つまりはそういうことなのだ。
 それは主の作った贋作で戦おうと思い定めたときと同じ、余人に理解できぬ理屈であったかもしれない。
 だが、それでいい。それだけでいい。

 今や興が乗る事以上に大切なものなど、きっとこの戦いの結末しかなかろう。

 言葉にはせず。
 二人の剣士は、終劇の舞台を求め、石段を下り始めた。
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天天22
2008-03-19 Wed 20:45
 about 7days ago
 新都・ビル屋上 《VSライダー》





 かくて彼等は、最悪の条件下で、そのサーヴァントと相対する事となった。

 ライダーのサーヴァント。優れた宝具をもつ騎兵は、この夜を待っていたのだと、そう気がついた時には全てが遅かった。天を埋めつくす星達の数に比例し、騎兵の宝具はその力を増していく。
 雲ひとつ無い、満天の夜空。今宵のそれこそ、騎兵が待ち望んでいた戦闘条件であったのだと気付いた時には、彼等は既に、死地へと追い込まれていた。

「無事か、マスター」

 宝具に乗り、天高く浮遊するライダーを見据えたままアサシンは背後に声をかけた。無事なわけなど無かった。ラインを通して、呼吸する事にすら努力を要する主の疲弊を、アサシンは悟る。

「――――!あ……ああ」

 搾り出された声は、苦悶の呻きと同じ。限界を越えた魔術行使の代償は、頭蓋をドリルで削られるような頭痛である。アサシンに声を掛けられなければ、そのままへたり込んでいたかもしれない。
 断ち切れそうな意識を無理矢理繋ぎとめ、士郎は天を見上げた。

「……まいったな。悪い、アサシン。次にあれが来たら、正直もう防ぎきれそうにない」

 星の光の収束。一言で言えば、ライダーの宝具の能力はそういったものだ。ライダー自身の魔力で増幅されたそれは、満天の星空を抱いた今宵、対城宝具にすら匹敵する。
 直下にあるものを残さず蒸発させるレーザー兵器。これで月が満ちでもしていたなら、先刻のように盾(アイアス)で防ぐことなどできなかったはずだ。
 ふむ、と頷き、アサシンは言う。

「幸いにして、続けて放つことはできぬようだがな。だが、それも時間の問題か。……何よりマスター、あれだけの質量に加えてあの速度だ。真正面からぶつかってこられただけで、我等の体なぞ吹き飛ぶぞ」

「わかってる。ライダーからすれば、セイバーと遠坂が来る前に勝負を決めたいはずだ。……あいつはもう、なりふりかまってない。周りの被害なんて考えず、俺達を潰しに来てる」

 高度数百メートルからの、地上へと向けた照射である。あの威力、もしも盾で防がなければどうなっていたのか。最低でも、このビルぐらいは優に蒸発していただろう。騎兵は今宵、必殺を胸に抱いて天空を飛翔している。
 ライダーの宝具。傍目には、漆黒の岩でできた小型の空飛ぶ船か。とはいえ、先も縁もない。曲線で構成されたそれは、何処か太陽を連想させるデザインである。
 夜空を遊泳するライダーを眼で追いながら、士郎はアサシンに問うた。

「けど、体当たりをしてくるってことは、つまり俺達の手が届くところに降りてくるってことだ。……アサシン、なんとかできるか?」

「さて、生半可な技では奴は斬れまい。よしんば剣が届いたとしてもあの耐久力だ。果たして一撃で、断ち斬れるかどうか」

「……幻想種、か」

 畏怖すら込められた瞳で、士郎はライダーを見据えた。鷹の眼が数百メートルという距離を零にする。
 幻想種。厳密に言えば、その因子か。騎兵に宿る、最悪の純血。鬼という名のそれは、この国においては竜にすら匹敵する、文字通りの幻想である。
 その怪力は、人の及ぶ所でなく。知能は極めて高く、肌は鉄の如し。並大抵の刃物では、傷一つすらつけられまい。

「……だったら」

「よせ、マスター。最早そなたに、魔力なぞ欠片も残っておるまい。……仮にそなたが何を鍛え上げようと、奴には届かぬ。鬼という奴らはな、そも人が勝てるようなモノではないのだ」

 自身の内に埋没せんとする士郎を、アサシンが諌める。鬼丸や髭切。あるいは投影するものが、彼の童子切安綱であったとしても、そなたの腕ではそも当てることすらできぬと、アサシンは言った。
 だがそれは、断じて侮辱ではありえなかった。鬼というのはそういうものなのだ。鬼に勝つなど、奇跡と同義。ゆえにこそそれを成し遂げたモノは、人の身で不可能を成し遂げた英雄となる。
 他ならぬ童子切の担い手である、最強の鬼殺し。彼の大英雄すらもが、あらゆる策を弄し、さらには個々が英雄と呼べるだろう四人の郎党を率い、ようやくそれを成し遂げた。
 無論ライダーに、彼の悪鬼ほどの力はなかろう。しかし彼我の戦力差という意味では、それ以上に絶望的である。

「だったらアサシン。俺が投影した剣を、あんたが――――」

「断る。私が振るうのは、この刀だけだ。ゆえにマスター、そなたには、一つだけ頼みたい」

「…………?」

 長刀の切っ先が跳ねる。それと同時に天を飛翔する岩舟が、唐突に静止した。
 ――――星の光と魔力を蓄え。
 ただ単純に、アサシンとそのマスターを撥ね殺さんと、次の瞬間騎兵の宝具は彗星となって落下を開始する――――!!



 凛とその姿を見つめ。



「――――斬れ、と命じよ。マスター!」

「――――!」

 戦争開始より、初めて構えたアサシンはそう請うた。
 それは、彼等マスターにのみ許された、サーヴァントに対する絶対の命令権。
 即座にその意図を察した士郎は、
 
「聖杯の誓約により、第六のマスターが命じる!」

 生半可な技では、ライダーを斬る事はできない。
 ならば、最上の技と支援を以って、あの鬼を打倒する――――

「――――ヤツを斬り堕とせ!アサシン!」

 魔力が満ちる。身体のみならず、主の生み出した物干し竿の切っ先にまで、マナが走っていく。
 降り注ぐは彗星。その速度たるや、音速を優に超えていよう。しかしそれを迎え撃つ今のアサシンの眼には、ひどく緩慢だった。
 二度の戦争を通し、初めて得た令呪による支援。
 成る程、これはたいしたモノだ。

「生憎とな、ライダー」

 美麗、なれど醜悪。その腐りきった性根を隠そうともせぬ騎兵の顔を見つめ、アサシンは言った。

「そなたは燕に、遠く及ばぬ――――」

 満天の星空を迎えた、その夜。

「“――――――――秘剣”」

 ライダーのサーヴァントは、聖杯を巡る争いから脱落した。


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天天21
2008-03-16 Sun 02:15


「――――!」

 ぞくり、と背筋を走る痺れは、官能のそれにも似ていた。自然体を常としていたアサシンが、初めて取った構え。その瞬間、『セイバー』の眼に映っていた戦闘過程は残らず吹き飛び、組み上げられた最良の戦術構成は霧散した。
 未来視、と呼ばれる能力の本質は、実のところ予知ではない。最高性能の未来視の恐るべきは、視た未来を唯一絶対のものとして確定させられることにある。未来の観測とは、つまり無限の可能性を唯一に絞り込むことに他ならぬ。そしてこと果し合いの一点において、『セイバー』の未来視は限りなくそれに近い領域にあった。
さらに『セイバー』には、どれだけの劣勢であろうともその中に活路を見出す事のできる“心眼”までも備わっている。つまり彼は、一パーセントでも勝利の可能性があれば、それを確実に手繰り寄せ勝利を確定できるのである。
 故に彼は、不敗であった。どれほどの強敵・人数を相手にしようと、勝ちの目が僅かもない状況などありえなかった。そうして可能性がある以上――――当たり前のように勝利を掴むのが、この男である。

 故にこれは、武蔵玄信にとって初めての経験であったろう。己が勝利を確定できない。数瞬先の未来が、万華鏡のように形を変えて入れ替わっていく

「――――ク」

 瞼の裏が、ひくひくと痙攣する。その頭の中では、本能がけたたましく警報を鳴らしていた。

 ――――全力でこの場から離脱しろ。
 ――――目の前の剣士(おとこ)は、これより貴様を必殺する。

「ク、くく。くくくくくくくくく――――」

 肩が震えた。良いな、と『セイバー』は歓喜する。結末の視えぬ果し合いの、何と心躍ることか。
 興奮のあまり、頭がおかしくなりそうだ。びくん。一際大きく、肩が震えた。脇差を担う左腕が、何かを訴えるようにぴくぴくと蠢動する。

「ああ。わかっている。だが、仕方がなかろう? 二天」

 握りこぶしを添え、語りかけた。二天が反対するのも当然だ。これから為すことは、あまりにも愚かしい行為である。そんなことは、武蔵玄信にもわかっていた。
 だけど、彼は。

「やはり儂は、ぬしほどに兵法者としてできてはおらんらしい」

 きっと。
 先の視えない結末が見たくて、この戦争に身を投じたのだから。





「ぬ」

 訝しげな呟きが、アサシンの口から漏れた。しかしてその構えは、巌のように小揺るぎもしない。
 その視線の先で。

「剣を収めろ、巌流」

 『セイバー』が緩やかな動きで、二刀を腰へと戻していく。
 アサシンの眉が、眉間に寄せられる。貴様は何を言っているのかと、その瞳が語っていた。
 望み、望まれ見えた果し合いの、最後の一合。
 その終わりを前にして『セイバー』は。

「石段(ここ)は足場が悪い。下に降りるぞ」

 自身にとって致命となる提案を、口にした。 
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天天20
2008-03-15 Sat 03:55

 武士ではなく、侍ではなく、剣士でもない。
 彼は、鍬持ち土を耕す、百姓の一人だった。



 ※※※※※※※※※※
 about ???years ago
 ※※※※※※※※※※



 剣を愛し、剣に愛されたその男は、しかし時代には愛されなかった。乱世は遠く、剣で身を立てることなど夢物語となった時代に生まれたことが、彼の最大の不運であったことに疑いはない。
 彼に、名前は無い。少なくとも、後世にまで伝えられるような名は無い。どこの時代の中にも居ただろう、あたりまえの1人。歴史という物語の中で、端役すらもらえなかった男。それが彼である。あるいは誰よりも剣に愛されていたかもしれない男は、そうして誰にも知られる事無く、露と消えていった。

 それでも、彼は言った。――――名を残せなかったことなど、自分にはどうでも良いことだ、と。

 偽りでも、強がりでもない。彼は本当に、名無しで終わった身に不満は無かった。剣で身を立てようなどと、思っていたわけではない。だからこそ、糧にも何にもならずとも彼は剣を振った。そこに、理由など無かっただろう。ただ、剣と彼とが在っただけだ。

 だから、彼の不幸は名無しで終わったことなどではなく。
 時代が、ただの一度も上等の剣と仕合うことを許してくれかったという、ただその一点のみだったのだ。

 天下泰平。それはいわば、剣が権に守られている時代であった。高名な剣士であればあるほど、負けるかもしれない戦いに挑めなくなった時代と言い換えてもいい。その中にあって、剣士ですらない百姓が上等の剣と果たしあえる機会など、あるはずも無い。
 無敵にして、無敗。それが剣士としての彼の戦績である。――――当然だ。彼には文字通り敵がいなかった。その生涯において、敵に巡りあうことができなかった。故にその身に、敗北もまたあろうはずがない。
 勝敗が、無い。故にこの天才は剣士にすらなり得なかった。だからこそ彼は、その胸に抱いたたった一つの疑問に対する、答えを欲していた。


 ――――この世で、己の剣はどこまで通じるのか。
 

 この広い空の下には、どれほどの強者がいるのか。何時の頃からか、彼は空を見上げる事が多くなった。青空に、つらつらと益体もないことを描いていく。優雅に地面に横たわり、草花の匂いに包まれながら描いたそれは、決して叶わぬ夢想であった。
 描き、消して、描き、消す。
 そんなことを繰り返し、やがては色あせくすんでいった空を。

「………む?」

 速く、どこまでも自由に。

「燕……か」

 1羽の鳥が、泳いで鳴いた。

















「何を笑う、アサシン」

 その一言で、意識を引き戻された。
 そこには、彼が愛したものなど一つもなかった。周囲に広がるのは、花が散り、鳥が眠り、風が止み月すらも隠れた闇である。
 だと、いうのに。
 
「……笑っている?」

 呟いて、アサシンは眼を向ける。その先に、1人の男が居た。
 その名、宮本武蔵玄信。この島国において、今も最強の一と論ぜられる、不世出の大剣豪である。
 その剣士を前にして。

「そうか。私は笑っているか、『セイバー』」

 それでも、彼は優雅に口の端を歪めた。

 視線が逸れる。微笑と共にアサシンの眼が捉えたのは、自身の担う物干し竿であった。
 ――――長い剣であった。五尺という刀身は、いっそ歪であるといっても過言ではない。
 振ることすら困難であろう、長刀。それは、剣としては致命的な欠陥だ。しかもこの剣には、さしたる概念も付随していない。決して癒えぬ傷をつけられるわけでも、地を割り空を裂けるわけでもない。アサシンほどの達人が振るえば、あるいは鉄すら断てる業物ではあるが――――言い換えればそれだけの、ただの扱いにくい刀だ。
 それでも、彼はこの刀を手に取った。この長刀こそが己に必要なのだと、誰よりも剣を愛し剣に愛された男は、そう定めたのだ。

 ――――それは、一体、何のために?


「何故笑うのかと、そう聞いたな」


 ゆるりと、彼は剣先を上げた。浮かべるは微笑、そして殺気。


「大したことではない。そなたの話を聞いていて、つまらぬことを思い出しただけだ。本当に、本当に――――つまらぬことを、な」


 肩を引く、腰を落とす。そうして再び思い出す。ひどくつまらない人生(コト)。そうだ、どうして彼は、この刀を手にしたのか。
 決まっている。
 天に届くほどの長い刀でなければ、決して空を舞うアレには届かぬと思ったからではなかったか――――

 そうして彼は、準備を終えた。自然体を捨て、長刀の切っ先が固定される。
 それは。

 『セイバー』と見えてより今まで、初めてアサシンがとった明確な“構え”であった。
 肩越しに微笑を浮かべ続け、暗殺者は言う。



「思えば、届かぬはずのものへと向けて、刀を振り伸ばすことには慣れていたのだと――――それだけの話だ」



 生前(かつて)、地上で無敵だったあの時代。

 燕(てき)は常に、天(そら)に居た。
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天天19
2008-03-14 Fri 01:26

 努めて意識しないというのは、存外難しいことであったと彼は言う。当然ではある。あるいはそれは、悟りの境地を目指すことに似ていたかもしれない。
 まずは左腕を手放さなければならないとは、苦慮の末に彼が試みたことであったが、踏み出した一歩はやはり困難を極めた。意識・無意識・理性・本能。それら全てから、彼は体の一部を切り離そうとしたのである。無論、物理的に切り離してしまったのでは意味が無い。従って彼は、生活の全てにおいて左を使わぬようにすることから始めた。 しかし、やがて努めて無意識であろうとすること自体が意識していることに他ならないと気付き、自噴は募っていった。
 腰を落ち着け取り組もうという気になったのは、あの坊主と別れてより、季節が一巡りしてからのことであった。無論それは心の持ちようの話であり、彼は変わらず、諸国を歩いて廻った。目的は一つ、腕の立つ武芸者と果たし合うこと。 一の実戦は百の修練に勝る、とは彼が頑なに信じていた理論である。真偽はともかく、少なくとも武蔵玄信はそう信じ、それを実行に移した。

「何にせよ、まずは儂が強くあらねばならん」

 故に、斬った。右腕一本太刀一つで、刀を、槍を断ち斬り続けた。有名も無名も問わず、意図してあるいは偶然に出会った武芸者達と果たし合い続けた。
 試みは、半ば成功したと言える。左手を剣に添えぬ、片手打ち。天秤か執念か、右手一本であっても彼は不敗であり続けた。やがて左手を使わずして、人を、木を、岩を、鉄すら断てるようになった頃。
 妙な事が己の身に起こっているのだと彼が気付いたのは、その頃のことだ。







 ※※※※※※※※※※






「それが何時であったかなど最早憶えてはおらんがな。ある日、果し合いを終えて刀を収めると、脇差を無くしていることに気がついた」

 とはいえ、鞘は腰に差されたままだった。はて、と武蔵は首を傾げ空となった鞘を見つめる。刀とは、そうそう自然に鞘から抜け落ちるものではない。鞘ごと腰から抜け落ちたならともかく、刀だけが消えるというのは、初めての経験である。
 その脇差に愛着など無かったが、どうにも腰元が寂しく感じられた武蔵は辺りを見渡した。足元のぬかるんだ湿地帯である。膝元まで雑草に覆いつくされたこの場所で探し物をするのは、数歩先で物言わぬ骸となった男を斬り捨てるより、遥かに骨の折れる作業になるだろう。
 ――――いっそ奪うか、と。
 うつ伏せで倒れた死体に近づき、身をかがめた武蔵は、

「だが、それは思い違いだった。脇差は無くなってなどいなかったのだ、アサシン。消えたと思った刀は、何のことは無い、この左腕にしかと担われていた」

 その事実に気がついた。強く、強く。筋が浮き出るほどに柄を強く握り締めた、己の左腕を。
 おかしなものを見たように丸く見開かれた彼の瞳に映る手は、初めて真剣を持った童子のように、ふるふると震えていた。
 その事実に気付くまで。
 彼の意識は、無意識は、思考・精神・肉体の全ては、確かに左腕の存在を忘却していたのである。

「些細なことだ。だがそれで分かった。この身は必ず、二天ノ一を実現させ得るのだとな」

 己の無意識が脇差に手を伸ばしたのではないかと、疑いはしなかった。彼は確かに、体の内で感じていたのだ。あの日より共に在った者。その新雪のように真白い意識の上に落ちた黒い染み。必死に脇差を抜き、それでも持ち上げることは叶わなかった剣士の意思を。

 ――――よくぞ届いた、と。

 凄絶な笑みと共に呟かれた言葉は、果たして己にか、内にいる剣士に対してだったのか。

「そんなことが何度か続いてな。こやつが初めて剣を振るい相手の臓腑を掻き切ったのは――――さて、あれは誰を相手にしていた時だったか」

 そしてその時、彼はようやく、終着点を見た。目指し続けたもの、童の頃より夢見た理想の剣。その、確かな形を知った。
 その後、さらに果たしあうこと十数度。 六十余の実戦を経て、男の剣は完成を見たのである。

「成る程」と呟き、アサシンの双眸が太刀と脇差を捉えた。

「二刀流ではなく、あくまで左右それぞれが一刀。それこそが二天一流か、『セイバー』」

「言葉遊びだ、アサシン。だが、コレを二刀流と呼ぶことは、連綿と二刀を研鑽し続けた者達に対する、侮辱であろう」

 「……侮辱? 」とアサシンは『セイバー』の台詞を繰り返した。馬鹿馬鹿しい。今更何を言うのか。侮り、辱める。そんなことは、『セイバー』の犯した罪過に比べれば、どれほどのことも無かろう、と。
 苦笑を浮かべ、アサシンは『セイバー』を断ずる。

「随分と無体な事をする。そなたの唱えた剣理によって道を踏み外した者も、一人や二人ではあるまいに」

「それに関しては、儂に責任を求められても困る。そもアサシン、儂は他者に剣理を説く心算など無かった。あれは全て――――二天のやったことだ」

 伝説を信じるなら、この男に剣の教えを受けた者は、千を越えるという。それら剣士を欺いた罪は、しかし己にはないと『セイバー』は臆面も無く言い放つ。

「……二天だと?」
 
 眉を顰めるアサシンを前に、朗らかな笑みすら浮かべ、『セイバー』は己が左手を突き出した。

「“こやつ”の名だ、アサシン。言葉を交わせるわけではないが、それでも名が無いというのは不便だったのでな、そう名付けた」

 そう語る『セイバー』の言葉は、しかし一層、アサシンの困惑を深めていく。
 二天。――――宮本、二天。
 それは確か、剣士であると同時に水墨画なども良くしたという、芸術・兵法家としての彼の号ではなかったか。

「……まさか『セイバー』、貴様は」

「そうだ、アサシン。我が生の晩年は、全て二天に譲った。剣理も書も、全てこやつが遺したものだ。何を思ってのことかは知らんがな」

 臆面も無く。
 無論、一片の後悔すらも見せず、伝説にすらなった剣豪はそう言った。

「大体、儂が書や画を嗜むような男に見えるか? 儂には、剣しかない。己のための剣しか無いのだ、アサシン」

 ああ、そうだろう。そんなことは、言われなくてもとうに知っている。
 想う相手も無く。
 喜びも、怒りも、悲しみも、その全てが剣に起因し。
 ただひたすらに、無骨な鋼を想い続けた、その生涯。
 

「……己のための剣、か」


 その単語を、アサシンは繰り返す。それは、全てだ。焦がれて焦がれて――――全てを捧げてなお愛し足らなかったであろう、剣士にとっての全て。
 だからこそ。
 だからこそきっと、それほどに剣を愛した男に、天は一つの才能を授けたのだろう。
 呆れたように肩を竦め、

「非才などと、良く言う」

 アサシンは呟いた。疑う余地など無い。『セイバー』・宮本武蔵玄信は紛れも無い天才だった。
 しかしてその才能は、二天という存在を得たことでも、ソレを自在に扱えることでもない。何故なら『セイバー』の二刀は、たかだかその程度のカラクリで実現できるものではないのだ。この男の剣は、思考二つを所持するだけでは為し得ない。
 そもそもが、別の人格がそれぞれ左右の刀を担うなど、本来不可能なのである。それは、一つの操り人形に二人の繰り手が存在するも同じだ。別の思考、別の意思、別の理念と、技量。しかして打ち合わせは皆無、演目は自由、さらには他の人形(けんし)との絡みもある。そんな状態で、まともに身体(にんぎょう)を操れるはずなど無い。
 そも剣とは、手だけで振るものではない。手が、思考が二つあろうとも、やはり武蔵の身体は一つなのである。
 ――――それでも、それを為しえるのなら。
 つまり、宮本武蔵玄信という男は――――

「確かに、そなたに剣理なぞ必要なかろうさ。『セイバー』」

 “視えて”いるのだ、彼等には。己の剣が描くべき、最適の軌道。他ならぬ彼等が“剣が知る”と表現したとされる剣戟における最良の剣筋が、確固とした線として視えている。
 いや、恐らくそれは剣筋に留まるまい。足運び、体捌き、果ては呼吸から視線に至るまで、彼等は自身の為すべき最良が視えている。つまりそれは、見(まみ)えてより剣を結ぶその瞬間までに、敵の技量を完璧に読みきり、初手より決着までをただの一手も読み違えることなく、結果の見えた筋書きをなぞっているということ。

 果し合いにのみ限定された、極限の未来視。それが『セイバー』に与えられた才能だった。故にこの男に負けは無い。生涯不敗など当然だ。彼等はただ、己の勝利という台本に沿い、片手に専心するからこそ許される業と精密さを以って、それぞれ一刀を操ればよい。
 ――――剣理などではなく。
 経験でも、技術でも、膂力でもなく。
 持って生まれた“勘”だけで、この男は不敗足りえるのだ――――

「……アサシン、ぬしは言ったな。今宵二天を斬ってみせると、そう誓いを立てていたな」
 
 唐突に、『セイバー』はそう哂った。それは確かに、先刻アサシンが士郎に告げた言葉だった。しかし無論、その二天とは彼の片割れを指しての事ではない。
 『セイバー』・宮本武蔵玄信を斬って見せると、無名の剣士はそう誓ったのだ。
 そして、それは決して傲慢ではありえなかったろうと、男は哂う。

「ああ、ぬしは天才だ、アサシン。ぬしならば、たしかにこの儂を斬れたやもしれぬ。あるいは二天を、斬れたやも知れぬ」

 そう言って、『セイバー』は段上からアサシンを見下ろした。遥か彼方。天上に浮ぶ月を背負って、男はそこに居た。
 いや。あるいは彼が見下ろしているのは、この島国で生まれた全ての剣士であったやもしれぬ。『セイバー』がいるのは、それほどの高みであった。右天・宮本武蔵玄信が円明流。左天・宮本二天が武蔵流。右と左の二天一流。その両翼で登りつめた、不敗の境地がそこである。
 「だが」と武蔵が呟いた場所は、五尺の長刀をもってしても遠く届かぬ、天一つよりなお高い場所。
 
「――――二天ノ一(わしら)が斬れるかよ? 巌流」
 
 それは、天下無双という名の、何者の侵害も許さぬ高みであった。












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天天18
2008-03-13 Thu 02:10
 空。そら、あるいはくう。
 何も無い。だからこそあらゆる可能性を内包した、からというもの。


 ――――それこそが剣の果てに目指すものだと知っていた事は。


 果たして彼にとって幸運だったのか。それを知る者は、いない。







※※※※※※※※※※
about 400 years ago
※※※※※※※※※※







「…………」

 刺すような日の光の中で、ゆっくりと瞼をこじ開けた。身体がだるい。水が飲みたい。抜けるような晩秋の青空を見上げながら、武蔵はつらつらとそんなことを考えた。
 地に寝転んだまま、視界の端に映っていた一本の大樹に意識を向ける。どうやら吊るされていたあの木から落下し、強かに地面に叩きつけられてしまったらしい。

「…………ぐ!」

 そうと理解した途端、痛覚が全身に戻ってきた。次いで悪臭が鼻を突く。三日も木に吊るされていれば、人はこのような臭いを放ってしまうものだ。
 しばし耐えるように目を硬く瞑っていた武蔵は、やがて身を起こして頭を振った。周囲に人影は無い。無論、あの坊主の姿もだ。恐らくは武蔵を木に吊るし上げたまま、風の吹くままに歩み去ったのだろう。
 地に描かれた、奇妙な紋様。そして焚き火の跡だけが、あの夜の出来事が夢ではなかったのだと、彼に告げている。
 ……いや。

「ぬ!」

 不意に、人の気配を感じた武蔵はぐるりと辺りを見渡した。次いで空を見上げる。人影は、やはり無い。そこにあるのは、何処までも続くような空が広がっているだけだ。
 だが、何処かに何かがいる。硬い表情で周囲に知覚を巡らせていた彼は、やがてふと表情を崩し、慌てた様子で胸元を開いた。

「…………あ」

 目に飛び込んできたのは、慣れ親しんだ己の身体である。厚く鍛え上げられた胸元を撫で、武蔵はまるで、幽鬼でも見たかのように目元をひくつかせている。

「ふ、ざけるな」

 “何か”は、そこに居た。見えずとも、彼はそれを知った。
 己の身体の奥深く、その場所に――――己ではない何かが、しっかりと巣食っている。深く、深く。心の臓を侵食し神経を這い、魂を苗床に根を張った、何者かが。
 とくん。鼓動が聞こえる。それは錯覚であったろうが、武蔵は確かにその産声を聞いた。とくとくと鳴り響く音は、まるで彼に自己の存在を訴えるように、頭に響く。

「ふざけるな!これは!こんなものは、儂が望んだものではないぞ!」

 世界が、捩れていく。清涼な空気を、怨嗟にも似た怒声が振るわせる。



 初めまして、武蔵玄信。
 余分な邪魔者でありましょうが、どうかよろしく。







 ※※※※※※※※※※










「こやつが身に宿った当初は戸惑いもしたがな、思い直した。いや、あるいは自棄になったのかもしれん。生まれ出でたものはしょうがない。ならばこやつに、左手一本任せてみることはできぬか、とな」

 まともな考えでないことは、『セイバー』にも分かっていた。しかしそれは、恐ろしく歪ではあったが初めて開けた道だった。左右同時。一刀と何ら変わることの無い、彼が理想と定めた二刀への導である。

「幸いにして、こやつが外界からの刺激を儂と共有していることはすぐに知れた。残る問題は一つ。如何にして我が身の奥に潜むこやつに、片腕だけを譲り渡すか、だったのだが」

「…………」

 一つの身体に、複数の人格。そういったものがあるということは、アサシンも知っていた。あるいは此度の召喚の際に、聖杯によって与えられた知識か。成るほど確かに、多数の人格が記憶や感覚を共有するということは、ありえないことではない。
 だが、全く同時に二つの人格が表層に現れることなど、果たしてありえるのか。しかもそれを意図して、など。
 乖離した意思。混在する感覚と意識。それによって成される物など、勝手気ままに色を混ぜ合わせた、混沌にすぎないのではないか。

「答えはない。結局、それは変わらなかったのだアサシン。いや、変わらず何も分からなかった、と言うのが正しいか。貴様にはわかるか。一体何をどうすれば、もう一人の己に五体の一部のみを操らせることができるのか――――など」

 馬鹿げた問いである。そんなことは、答える価値も意味すらも見出せない。
「くだらぬ」と胸中で呟いて、アサシンは僅かに眉を顰めた。そう、先刻から『セイバー』が告げていることなど、彼にとっては塵も同じ。興味も無ければ付き合う義理も無い。そも果し合いの最中に紡がれる言葉なぞ、およそ無価値であるというのがこの男の信条である。
 実のところ、アサシンは既に次の一手を決めている。朽ちた刀で放つ、最後にして最良の斬撃。後はそれを、『セイバー』へと向けて打ち込むだけのこと。
 だと、いうのに。

「……さて、な」

 この戯言を遮ることが、どうしても彼にはできない。決意した瞬間、鉛のような錘が、アサシンの臓腑にぶら下がる。
 視線は『セイバー』に固定したまま、ふとアサシンは薄ら寒いものを背中に感じた。馬鹿げた想像が頭に浮かぶ。その起源は他ならぬ目の前の剣士が言ったとされる、あまりにも有名な一言であった。

 即ち――――『小次郎、敗れたり』と。

 続く言葉は、言うまでも無い。戯言というのなら、まさしくこれこそがその極地であった。兵法とも作戦などとも言えぬこじつけ。子供の言いがかりも同じ。つまりは宮本武蔵玄信という男の勝利を彩る、ただの逸話に過ぎない。

 だが、それでもその中で“佐々木小次郎”は宮本武蔵の戯言に聞き入った。

 天才と呼ばれた男が振るうべき剣を止め、果し合いの最中に紡がれた戯言に聞き入り、僅かに心を揺らがせさえした。

 馬鹿げた想像だ、と再びアサシンは心中で苦笑を噛み殺した。外界からの修正。英霊という、人の想念の具現体。こう在るべきという偶像及び事象。そんなことが、つらつらと頭に浮かぶ。それは、確かにあまりにも馬鹿げた想像ではあった。
 けれど、忘れてはならないことが、二つある。

「貴様はどうした、『セイバー』。何をもって、その二刀を成した」

 佇む群青は、佐々木小次郎という枠の中でなければ存在し得ぬ英霊(ななし)であり。 

「決まっているだろう。結局、剣を完成させる道など一つしかない」

 その前に立つ黒こそは。

「斬った。飽きるほどに、な」

 曰く、六十余度の果し合いにおいて、不敗。

 紛れもなく、宮本武蔵玄信その男であるということを。



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天天17
2008-03-12 Wed 00:13
「その坊主が何者であったのか、今となっても分からん。興味も無い。だが奴から答えを得ることができたのは、幸運だった」

「…………」

「魔導とは、便利なものだ。万能には非ずとも、我が望みを“くだらん”と嘲笑し実現させる程度には――――有能だ」

 無論の事ではあるが、その坊主とやらが唯の善意で『セイバー』の望みを叶えた訳ではないだろう。魔術師という人種は、そこまで酔狂でもお人よしでもない。
 等価交換。
 ならば果たして、この男は何をその坊主に捧げたのか。

「文字通り、外法に魂を売り渡したということか、『セイバー』」

「さあな。だが坊主は言った。“ただの”人間に過ぎぬ儂が外法の恩恵を受けようというのなら、地獄に落ちる覚悟が必要だと」

 瞼を閉じる。そうして黒衣の剣士はとある過去を幻視した。舌を噛み切らぬよう噛まされた猿轡。容赦なく身を締め付ける荒縄。木の枝に吊るされ、己が真下の地面に描かれた奇妙な刻印を俯瞰し続けた、三日三晩。
 揺れる世界の中で彼の身体を苛んだのは、文字通り身を裂かれるような痛みであった。あの三日間で、彼は恐らくあまりの苦痛に五度は死んだ。正しくそれは、地獄のような苦しみだっただろう。
 だが。

「馬鹿げた話だと思わんか、アサシン。地獄に身を晒す覚悟なぞ、剣を手に取ったその瞬間から、とうにこの身に宿っている」

 その地獄を、この男は耐えた。いや、あるいはこの剣鬼には耐えることすら必要なかったのかもしれない。ようやく理想の剣へと至る道を見つけた彼にとって、その痛みすら悦びだっただろう。
 その異常者を前にして。

「――――ク」

 苦笑し、アサシンは己の考えの愚を悟った。目の前の男は、外法に魂を売り渡しなどしていない。当然だ。とっくに捧げてしまったものを、どうしてもう一度売り払うことことなどできようか。

「難儀な男よな、『セイバー』」

 宮本武蔵玄信。この男は、その坊主と出会う遥か以前に、魂の絞り滓まで剣に捧げているのだ。
 故に、神秘との出会いもまた、ただの過程。武蔵玄信にとっては、その人生の全てが、剣に捧げる糧に過ぎない。
 しかし、やはり『セイバー』の選択は愚かとしかアサシンには思えなかった。

「そうしてお前が得たものが、ソレか。ならばそれは、すでにそなたの剣とは呼べなかろう」

「違うな、アサシン。こやつもまた儂なのだ。お前は当に、その身で知ったはずだ」

 刺すような視線を、脇差へと向けるアサシンを見下ろし、


「形は違えど、結果は同じ。二刀流ではない、“我ら”こそが二天ノ一なのだ。巌流」


 その身に二つの人格を宿した剣豪は、高らかにそう告げた。
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天天16
2008-03-11 Tue 02:36
 錬金術師、というものが存在する。神秘を扱う存在でありながら、しかして魔術師とは決定的に異なる理念で動く、秘儀の開発者達の総称がそれである。
 その彼らが所属する集団の一つにつけられた名を――――即ちアトラス。
 アトラスの錬金術師。穴倉に身を隠す神秘の担い手達は、鉱物ではなく“現象”を自らの望む形に変換する。少なくとも、それを目指している。その手段。すなわち事象の観測から導き出される未来の予測・構築を可能とするのは、現象を数字とした膨大な量の“計算”であり、そのための技法にしてアトラスの錬金術師の必須技能とされるのが、所謂高速思考及び分割思考である。
 これら技能によって、彼らは全く同時に、分割された自らの思考の内で多重計算を捌いていく。

 分割思考。あるいはこれこそが、武蔵が望んだ答えであったのか。

 分割された思考は、その目的を同じくした時、効果を相乗する。なればアトラスを名乗るための最低ラインとされる3分割に至らずとも、優れた身体能力を持つこの剣豪なれば、思考2つでことは足りたのかもしれない。

 しかし。

「だが、その術が見つからなかった。いや、そもそも思考を2つ持つなぞ、可能であるのかどうかすらわからなかった」

 無論、彼にその技術を習得する機会など無かった。あるいは機会があろうと、そも習得するだけの才能があったのかどうかも疑わしい。遥か彼方、砂の国の異能者達。彼らの存在を東洋の剣士は知らず、求めた技能を得るに至らなかった。

「しかしな、アサシン。偶然とは面白い。世界は時折、思いもよらぬことをする」

 だから、この男は。

「妙な坊主から、その答えを得たのさ」

 ひどく歪な答えに、行き着いた。







 ※※※※※※※※※
  about 400 years ago
 ※※※※※※※※※







 彼とその坊主の関係は、ただの顔見知り、という、ただそれだけのものだった。出会いは、よく覚えていない。ただ初めて彼と会ったのは――――そう、確か戦国最後の戦が終わり、世が天下泰平という名の、酷く退屈な場所に変わっていった、その始まりの頃であったように思う。
 返す返すも、奇妙な坊主であった、と彼は言う。いや、違う。アレは形こそ神仏に仕える者のそれであったが、その正体は、今になっては別のものであったと理解できる。
 ――――魔術師。
 きっとあの男は、そう呼ばれるモノであったに違いない。

 

 共に過ごした時間など、足し合わせてみても十日と無かった。その坊主と、何か特別なことをやってのけたわけではない。旅は道連れ、などという粋な話でもない。ただ、果たせぬと解かっていながらなおも諦めきれぬ理想の剣を求め、諸国を巡る途中――――偶々、進む方向が同じだったという、それだけのことだ。少なくとも彼は、そう信じている。
 なんともおかしな関係ではあった。彼は、この坊主のことを何も知らない。ただ、気がつけば坊主はそこにいた。何をするわけでもなく、何を言うわけでもなく、そっと影法師のように彼についてくる。
 何よりも意外なことは、彼にとって、それが決して不快ではないということだ。そう、彼は決して――――この正体の判らぬ男が、嫌いではなかった。
 
 
 都の方に行ってみよう。そう考えていた彼が、坊主と道を同じくして七日目の夜のことである。疲労と寒さを感じた彼は、山越えの途中で野営を決めた。
 枝を集め、火をおこす。その様子をただじっと見ていた坊主は、火が燃え盛ると同時、断りもせずにその傍に腰を降ろしてきた。
 いつものことである。そうして坊主は、やはり何時も通り、まるで一夜の暖の代わりとでも言うように、彼に干し米を差し出した。

「…………」

 無言のまま彼はそれを受け取り、口に放り込む。がりがりと噛み締める音。両者の間に、一切の言葉は無い。草木の陰で歌う虫の音を、ばちんと弾けた枝が遮った。
 
「……この先に」

 不意に、彼が口を開いた。これもまた、いつものことである。無言の重圧に耐え切れず、口を開くのは決まって彼のほうだ。
 他者と同じ空間に居る時、沈黙を苦痛と感じる男なのだ、彼は。
 視線を闇の中へと向け、彼は問うた。
 
「何がある?御坊」

「何が、とは?」

「何か、だ。この山を越えた所にある、国の名前すら儂は知らん」

 都を目指していたものの、その道程に関する知識があったわけではない。ただ彼は、そちらの方向に向けて歩を進めれば、いずれは都に着くと思い、歩き続けているだけだ。
 間違ってはいない。進むべき方向さえ過たねば、いつかはきっと、辿り着く。
 それは、本当に素晴らしいことだ。歩み、至る。その過程と結果が直結しているというのは、本当に素晴らしいことだと、彼は思っている。
 ――――剣の道とは、違う。
 歩めども先の見えぬものとは、違う。

 がりん、と。
 味気ない干し米を、強く噛み締める音が響いた。

「そうだな。この先には、色々なものがある。山猿のような生を営んできたお前では、想像もできぬものがあるだろう」

 火を見つめ、坊主は言った。その言葉に、嘘は無い。彼の歩む先には、きっと様々なものがあるだろう。

「しかし。さて、その中にお前が求めているものがあるかといえば――――それはまた、別の話だ」

「なに?」

 向き直る彼を、まるで全てを見透かしたような瞳で坊主は見ると。

「例えこの先に何があろうと、その中にはお前の欲するものなど何一つ無い。そういったことも有り得るのだという話だ。玄信」

 そんなことを言った。
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天天
2008-03-09 Sun 00:59
始めは、ひどく曖昧な意識だけが、その剣士に与えられた全てだった。
 そんな剣士にとって、宮本武蔵玄信という名の剣豪は、親であり師であり――――およそ自らにとっての全てであった。この男のために生き、この男と共に死ぬ。それは曖昧な意識の中で、剣士が確固として理解した“事実”であったのだ。
 その事実と共に、一つの感情を彼と共有する
 その感情の名は、自噴。自らの身体をばらばらにしてしまいたくなるような怒り。武蔵玄信とは、そんな錘を常に腹の底に抱えている男であった。真っ赤になるまで熱せられた、鋼の錘である。臓腑を焼き、肉の焦げる嫌な臭いを口から吐きながら――――それでも武蔵は、剣士を見捨てる事だけはしなかった。
 だから、剣士は己の存在を恥じ、自らに怒りを覚えた。当然だ。男が感じていた怒りとは他でもなく、彼の傍に侍る己の存在に端を発していたのだから。
 剣士は、武蔵玄信と共に剣に生きることを宿命付けられた存在である。そもその生誕の理由からして、ただ一人の男のために剣を振るべく生み出されたのだ。だというのに、剣を振るうどころか持つことすら出来ないというのだから、武蔵がそんな自分を疎ましく思い、そんな存在を傍に置かざるを得ない自らを嘆くのも当然だと、そう思った。
 
 そんな自分は、いっそ消えてしまえばよい、と。

 そんな思いを伝える術すらなかったのに、剣士がそんなことを考えると、決まって武蔵は苦笑し。

「気にするな。まだまだ先は長い」

 自らの怒りを恥じるように、剣士の身体を優しく叩いた。

 いずれお前も、必ず人を斬れるようになる。

 宮本武蔵玄信とは、そんな物騒な慰め方をする男だったと、剣士は言った。







 ※※※※※※※※※※







「始めはな。童の頃の、馬鹿げた思いつきだった」
 
 静かに、『セイバー』は語り始めた。月の光すら隠れたこの場に、その言葉を遮るものは無い。円蔵山柳洞寺山門前。六度目の戦争の最終舞台は、耳の痛くなるような静寂に包まれている。
 良い夜である。こんな夜に、えてして人は饒舌になる。それは、天下無双と謳われた男も変わらない。

「二刀を担えば、数の上で一刀より有利となる。左右の刃で、受け止めると同時に相手を斬る――――本当にな。当時の儂には、それが天啓にすら思えたのよ」

 僅かに照れたように剣士は微笑した。それにつられる様に、アサシンの口の端が歪む。
 成る程、それは確かに、童が考えそうなことだった。
 いや。
 “剣”を僅かにでも知ったものであれば、最早そのようなことは考えられなくなると言ったほうが正しいか。
 

「その思い付きを、貴様は実現させえたのか?『セイバー』」

「まさか。できはせぬさ、アサシン。そんなことが、できるはずがなかった」

 それは、幼子が見た剣の理想であり。
 無知ゆえに思い描くことを許された、夢物語にすぎない。
 その笑みを自嘲へと変え、天下無双は頷く。

「肉体(からだ)は問題ない。生涯を賭ければ、二刀を振るうに不足無いモノに鍛え上げられるだろうことは判っていた。
 ……だが、こちらの方がどうにもならんのさ」

 触れる、というには少々強すぎる力で、太刀の柄で自らのこめかみを抉る『セイバー』。
 そのまま、ごん、と自らの頭を殴りつけ、溜息を一つ洩らす。

「脳がな、追い着かん。二刀を担えば、どうしたところで思考が左右に分散することは避けられん。
 かといって、太刀、脇差とそれぞれ思考を切り替えては、それはそもそも同時ではない」

 何か思い出すことでもあったのか。『セイバー』はその精悍な顔を、忌々しそうに歪めた。

「ならば手段は一つ。可能な限り、思考の速度を上げる以外に無い。鍛え上げればいつか差異は無になると、そう信じた」

 右と左。太刀と脇差。その二つに対する思考の高速化。それこそが自らの剣の完成に至る道だと、彼は信じたのか。

 瞬息を刹那に。
 やがては六徳を経て虚空となり。
 ついには涅槃寂静へと至る。

 人が至ることの出来る、最短の果て。それすらも超越した、名を付ける意味すらも見出されることのない領域。そこに、きっと生前の彼は踏み込んでいた。
 けれど。

「無理だったのさ、アサシン。どれほど己を鍛えようと――――いや、鍛えれば鍛えるほどに、その差は明確になっていった」

 限りなく近付きはすれど、それは決して零にはならず。
 常人が、達人が、あるいは剣聖とまで呼ばれた存在の目にすら同時としか映らぬ二刀が、しかして真実そうでないことを、この男だけが知っていた。
 その僅かな差を。
 己が理想との決定的なズレを、この男はどうしても良しとすることができなかった。



「――――結論は一つだ。二刀を真実同時に、それぞれを一刀の如く自由自在に振るうことなどできはせん。
 少なくとも、儂にはその才が無かった」


 『両手に物を取ること、左右ともに自在とは叶ひがたし』


 僅かに目を細め、自らを非才と断じた男を、「おろか」と誰かが罵った。
 それは彼の言葉に耳を傾けていたアサシンかもしれぬし、ざわめく周囲の木々であったかもしれない。あるいは雲に隠れた月が洩らした言葉であったのかも。
 ――――なんと愚かしい男か。
 二刀などに頓着せず、正道を歩もうと、そなたは無敵であったのに。
 理の内で二刀を研鑽すれば、自在にあらずとも、そなたは不敗であったのに。
 
 その全てを捨て、叶わぬ理想に手を伸ばし。

「しかしそなたはそこに辿り着いた。道を外れ、邪道に手を染めたか、『セイバー』」

 淡々とそう告げるアサシンが見つめるのは、『セイバー』の担う脇差である。
 決して辿り着けぬと自らが告白した、『セイバー』が理想とする二刀の極地。
 しかして今宵アサシンが堪能した剣は、ある意味でその理想すらも凌駕したものだった。

「そうだ、アサシン。まともな身体にまともな頭では、届かぬ場所がある。まして剣の道とは、元よりそういうものだろう?」

 闇の中、黒色の瞳を輝かせ、『セイバー』は口元を歪めた。

「だから、考えた。頭一つでは、二刀を自在に操ることはままならん。――――ならばいっそこの手と同じく、思考もまた二つあればよいのだとな」

 それは、剣に狂った男の笑みだった。               








別窓 | 月聖あなざー | コメント:1 | トラックバック:0 | top↑
リハビリ天天
2008-03-08 Sat 00:36

 甲高い剣戟の音が、まるで子守唄のように、心地よく耳朶を打った。
 剣筋は、見ない。辛うじて視認できる速さのソレを、“見てから防ぐ”など事実上不可能である。認識を終えた瞬間、彼の刃はこちらに潜り込んでいるだろう。
 故に見るのは、相手の全て。肩、腕、足、そして目線。如何に打ち気を消そうと、どのような達人であろうと、剣を振るう以上それらは確実に動く。それらの動きを総合し、迫り来る死の軌跡を、予測していく。
 払い、逸らし、受けて、薙ぐ。
 苛烈な剣戟を捌きながら、“剣士”はじっと、その侍の技量を測り続けていた。
 剣速は雷光、技量は芸術。成る程確かに、目の前の男は紛うことなき天才であるということを、数合で悟る。
 アサシン。佐々木小次郎。あるいは彼の剣豪の皮を被った、名無しの剣術者。
 ――――どうでもいい。出自も、クラスも、英霊としての格も問わない。重要なのは、宮本武蔵玄信を満足させる相手足るかどうかという、その一点のみ。
 歓喜が、胸を締め付けた。その甘い痛みに、思わず剣士は眉を顰める。ああ、そうか。お前はおまえはオマエは――――そこまで、この男を斬りたいか。
 答えは、もう出ていた。ああ、そうだ。答えなど、きっと一目アサシンを見たときから、決まっていたのだ。
 暗い意識の闇の中で、それでも剣士は、光へと向け問うた。


 ――――なあ、武蔵よ。

 ――――この“巌流”は、確かに、お前の宿敵足るのだな?
 
 
 
 
 


※※※※※※※※※※







 段上より叩き込まれた『セイバー』の石火斬撃。それを受けとめた瞬間、今日までアサシンの絶技を具現化してきた長刀が、ついに悲鳴を上げた。

「――――ぬ」

 その酷く不快な音に、アサシンは眉をひそめる。何と空虚で、物悲しく、不快な音であることか。
 ――――最早持たぬという、虚ろな呟きは、何処か謝罪のようにも聞こえた。

「許さぬ」

 傲慢。ああ、なんと身勝手な台詞か。耐えて耐えて、耐え続けてきたというのに、それでもまだこの男は、この鋼に休息を許しはしない。
 折れることは許さぬし、折ることは許さぬ。
 凛とした眼差しで長刀を見つめ、その先に立つ天下無双を睨み据える。身を捩り、長刀ごと自身を両断せんとする太刀を、驚異的な技術で受け流す。

「――――カ!」


 揺らがず、しなる。さながらその様は巌であり柳であった。その技量、その意思を前にして、「見事」と『セイバー』は賞賛する。放った一撃は、紛れもなく渾身にして会心の石火であった。生前、幾多の達人を屠り去ったコレを受け切れる男が、この日ノ本に存在したか、と。

「ォォオオオオ!」

 しかし獣の咆哮は止まらない。もとよりこの結果は予測の内である。
 石火を隠れ蓑にした、鋭利な殺気が牙を剥く。空気を裂き、音よりも速く切っ先が走る。

 豪快な打ち落としの陰に隠れた、脇差による刺突。

 石火と同時に放たれていたそれこそが、『セイバー』の本命であった。正確無比の軌道を描く刃が、アサシンの脾臓へと疾走する。

「終わりだ、アサシン――――!」

 脇差の切っ先が、狙い過つことなくアサシンの腹に触れる。と。

「――――何?!」

 肉を貫く感触は、無かった。まるで煙のように、アサシンの体が突如として消失したのである。少なくとも、勝利を半ば確信していた『セイバー』の目には、そうとしか映らなかった。
 霊体化。咄嗟に『セイバー』の脳裏を過ぎったのはその文字であったが、それが誤りであったことはすぐに知れた。何のことはない。消えたかに見えたアサシンは、その実刺突を避けるために、階下へと転げ落ちているだけであった。
 耳障りな音をたて、アサシンの身体が硬い石段に叩きつけられていく。舞い上がる砂埃が、容赦なく美剣士の顔と衣を汚していった。

「馬鹿な」

 苛烈な剣戟を繰り返し、なおも雅であり続けたアサシンが無様に地を転げる姿は、驚愕として『セイバー』の脳天を打ち据えた。その行為を無様と笑うつもりは『セイバー』にはない。生き延びるためなら泥を被る。美しき敗北なぞ無価値。この『セイバー』こそは、そういった類の人間である。
 だが、そのスタンスの対局に位置するはずの男が、それをやった。逃げるために地を転げる。それはあまりに、アサシンらしからぬ行為であった。

 ようやく静止し、身を起こす侍に、段上から問う。

「誓いか? アサシン」

「気紛れだ、『セイバー』」

 「か」、と黒衣の侍は愉しそうに笑った。

「随分な気紛れだな、アサシン。ああ確かに、朽ちた刀の骸を守ろうなど、気紛れでもなければすまいよ」

「…………」

 気付かれたか――――変わらず怜悧な表情のまま、アサシンは胸中で舌打ちする。
 握り締めた柄の感触が、何処か軽い。
 いや。当然だ。気付かぬわけが無い。剣霊『セイバー』、真名を宮本武蔵玄信。彼ほどの剣士が、その事実に気付かぬわけがないのだ。

 贋作・物干し竿。その芯は、既に死んでいた。

 歪んだ、などといった話ではない。刀の骨子にして命。これをして鋼の極限たらしめている刀芯が、先刻の石火斬撃によって完全に絶たれてしまった。
 いかに外見がそのままに見えようと、それは刀にとって致命的な傷だった。最早アサシンの担う長刀に、『セイバー』の剛剣に耐えうる粘りは無い。
 受けて一度。振るえて二度か。
 それが、彼の長刀に残された時間であろう。

 しかし。

「不足なし」

 うっすらと笑って、アサシンはその骸を握り締めた。何たる幸運か、と、今はこの場にいない士郎(マスター)に感謝する。
 良い刀であった。この刀のおかげで、アサシンは未だ機会を失わずに済んでいる。
 彼は未だ、眼前の天下無双を斬ることができる。
 
「さて」

 どうするか、とアサシンは自答した。振れて、二度。剣を折らぬという約定を果たすなら後一度。その一度の機会を、果たしてどのようにして使用するか。
 斬るか、突くか、薙ぐか。――――選択肢はそれこそ、無限にある。
 
「……まったく、どうしたものか」

 浮かべた苦笑とは裏腹に、ひどく冷静に“無理だ”とアサシンは結論した。どうしようと、後一度では『セイバー』斬れぬ。選択肢は無限だが、その中には一つとして、目の前の男を絶命させ得る答えが存在しない。どれだけの速度と技で打ち込もうと、彼の脇差はそれを防ぎ、同時に太刀がアサシンの身体を両断するだろう。
 そう。
 残り“一刀”では、どうしようと『セイバー』の二刀を打ち崩せない。

 まったくやっかいなものだと、アサシンが笑みを深めると。


「何を迷う、アサシン」

 『セイバー』は問うた。あるいはそれは、いまさら解かりきった答えを悩むなと、そう咎めたのかもしれない。
 ――――今の貴様が選び得る選択肢なぞ、一つしかない。
 その無言の圧力を前にアサシンは。

「なに。妙な話だと思っただけだ、『セイバー』。元より師など存在せぬ我流なれば、己が剣は正道からかけ離れたものだと理解していたが」

 ゆるりと、剣士はその言葉を跳ね除けた。同時に理解する。剣士として、恐らくは自らと同格である“宿敵”の二刀流を、物干し竿一本で破れぬのは当然のことだ。
 なぜなら彼の、『セイバー』の剣とは。

「よもや天下無双と謳われる男の剣が、さらに道を外れているとは思わなかった」

 その一言に、『セイバー』の眉が跳ねた。次いで彼の口から漏れたのは、ほう、という吐息である。

「見抜いたというのか、アサシン。我が二刀の、その正体を」

「…………」

 是非を答えぬアサシンを前に、『セイバー』は自然体を解いた。見せつけるように、太刀で眼前の空間を薙ぐ。
 
「だがアサシン。道を外れていることなど、いまさら驚くことでもなかろう。元より二刀とは、邪剣と蔑まれた業だ。……何より」

 悲鳴を上げた宵闇の空間を、脇差の一振りが沈黙させた。
 その光景を前に。

「何より巌流よ。貴様が気付いた通り、そもそも我が剣は二刀流ですらない」

 天上の月が、震えていた。
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