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天天9
2006-03-15 Wed 16:33
「――――酔狂なことだ。黄金すら霞むほどの眩い剣が目の前にあるというのに、どこの者とも知れぬ邪剣を選ぶとは」

 果し合いの申し出。二天の一より告げられたそれに、群青の侍は薄く笑った。

 ――――さて。目を付けられた理由は、やはり名か。

 いずれにせよ『セイバー』が自分だけは見逃すつもりなど無いということに、アサシンは気付いていた。それは、彼も同じだ。アサシンとて『セイバー』を逃すつもりなど、露ほども無い。
 自然、笑みが大きくなっていくことをアサシンは自覚した。『セイバー』より感じる剣気は、さながら鉄を溶かす炎の如く。さらには上等の剣であることの証明に、二天の一という保障まで付随している。
 極上。恐らく召喚の限定された今回の戦争において、これ以上の剣は望むべくも無い。
 
 ――――二天一流。相手にとって、不足なし。



「どこの者とも知れぬ、ということは無かろうさ。成る程、確かにぬしは佐々木小次郎という役を押し付けられた、亡霊かも知れんが――――」

 『セイバー』はアサシンの長刀を見やる。刀身五尺の備中青江。今はアサシンの背で弓袋に収められているそれを眺め、「まさしく」と心中で呟く。
 まさしく物干し竿。まさしく巌流。まさしく――――佐々木小次郎。

 それは、幻想にすぎないはずだった男の姿。

 ――――天才で、あったいう。佐々木巌流という名の剣士は、天下無双と謳われた剣豪を越える才と技量を持った、天才であったいう。
 架空の話だ。そんな男は、どこにもいなかった。
 思えば馬鹿馬鹿しい話である。天才剣士、佐々木巌流。それほどの才と技量を持ち合わせた男が、果し合いに遅延した程度のことで平静を失い、敗れたというのだから。
 物干し竿と呼ばれる長刀?櫂を削って作られた木剣?果し合いに遅れた相手に憤る天才?挙句には敵が鞘を捨てたるを見て、「敗れたり」と囀る天下無双?

 ――――誰だ、それは。

 それは、誰だ。それが、自分か。その程度の男が、宿敵か。
 答えなど、出るはずが無い。架空の宿敵。幻の果し合い。身に覚えの無い敗北を押し付けられた、幻想。身に覚えの無い勝利を押し付けられた、天下無双。
 
 ――――その、出るはずのない答えを得る機会が今宵訪れた。

 巌流を、知りたい。
 取るに足らない現実でもなく。願望器で叶うような、自らの理想でもなく。
 宿敵とされた幻想と、思うがままに剣を交えてみたい。
 
 

「――――それでもアサシン。ぬしは巌流という幻を具現化できると、世界が認めた亡霊だ」

 ――――巌流・無名。佐々木小次郎を知るに、不足なし。






「ちょっと待ちなさい、アサシン!貴方まさか、あいつの話を受けるつもりじゃないでしょうね?」

 咎めるような視線で、凛はアサシンの背を睨みつけた。
 その視線と口調に、流れるような動きでアサシンが振り返る。
 
「悪い話ではなかろう。私が残れば、そなたたちは労せずしてここを抜けられる」

 是非も無し、というように平然とアサシンは告げた。花が散るように、あるいは月が欠けるように。不可避の果し合いを望むように、風が鳴いた。
 だが、それはいずれもが錯覚である。巌流と二天の一。佐々木小次郎と宮本武蔵。アサシンと『セイバー』。彼らが果たし合わねばならない理由など、存在しない。
 
「――――ッ冗談!向こうは一人でこっちは四人、どこに果し合いなんてやる必要があるのよ」
  
「凛の言う通りです、アサシン。あの男の言うことなど、妄言に過ぎない。この状況で一対一の果し合いをすることに、利などありません」

 再び柄を握る手に力を込め、セイバーは頭上を睨む。
 その先には、変わらぬ様子で佇むセイバーの姿。
 
「卑怯とは言うまいな、『セイバー』。あれだけの大言を吐いておきながら、まさか本当に一騎打ちなどと虫のいい話が通るとは思っていまい」

「……アサシン以外は不要。ならばぬしらの首は見逃してやろうと、情けをかけたつもりだったのだがな」

 肩を竦め、『セイバー』は笑う。

「それも、不要か。――――良かろう。多対一なぞ、飽きるほどに制して来た。ついでに西洋の剣を堪能するのも、悪くない」

「どこまでも傲慢な。そこまで己の力に慢心するか」

「生憎生涯不敗でな。気を悪くしたのなら、許せ。
 ……なんなら」

 一度言葉を切り、品定めをするように『セイバー』は己と同じクラスのサーヴァントの全身を眺める。
 
「――――なんなら、ぬしの剣で儂を躾けてみるかよ?セイバー?」

 顎をしゃくるようにして、『セイバー』は不可視の剣をさした。
 その態度にセイバーは絶句する。怒りのあまり僅かな震えさえ起こしながら、最早言葉は要らぬと構えを取る。

「――――!ちょっと待ちなさいセイバー!」
「――――!よせセイバー!そいつは――――!」

 凛が止める。士郎が叫ぶ。あの男を相手に激昂することは、致命に他ならぬと彼等は知っている。
 その声が、届かない。今はただ一刻も早くあの無礼な男の首を落とさんと、黄金の剣は全身を引き絞る。

「――――!」

 まさに駆け出そうとしたその瞬間、突如として鋼のきらめきがセイバーの視界を支配した。
 目に映るのは、刀の腹に映し出された己が眼。眼前に差し出された長刀を目で辿ったセイバーが、口惜しそうに歯噛みする。

「ッアサシン!どうして貴方は先程から、私の邪魔をする!」

「無粋だな、セイバー。そんな風情では、いらぬところで足元を掬われるぞ」

 剣を引く。怒りに曇ればどこぞの剣士の二の舞になると、物干し竿の刃文が告げる。

「――――む」

 はたと我に返ったセイバーは、恥じ入るように僅かに俯いた。その顔を、雲の切れ間から漏れた月光が淡く照らす。
 再び姿を現した望月を愛でるように、アサシンは天を見上げた。花は散り、鳥は眠り、風の止んだ今宵の柳洞寺。それでも天上に輝く月だけは、いささかも変わらない。
 視線を移す。月と己の間に居るのは、天下無双の二天一流。生前では望むべくも無かった極上の剣が、五尺の鋼で捉えられる場所にいる。
 良い月だ。良い敵だ。幕を引くのに、これ以上の時は望めまい。

「――――アサシン」

 己が名を呼ぶ士郎の声に、これが最後とアサシンは振り返る。

「すまぬがそなたたちに同行するのもここまでだ、マスター」

 そうして剣士は、当たり前のように別れを告げた。
 無名の侍は、まもなく消える。例えこの先に待つ戦いの勝敗がどうあれ、戦争の終結と共にその身体は消滅する。
 そんなことは、初めから分かっていた。仮初めの生が今宵限りであることも、この戦争で得るものが何一つ無いことも、分かっていた事だ。
 最後に彼らの前に立った、天下無双の二天一流。生涯不敗を誇った剣豪に勝利しようと、その偉業すらも全て“佐々木小次郎”に奪われてしまう。

 だが、それでも。

 いいや、だからこそ。

「許せ。此度の戦いで未だ満ちぬ残り、あの二天で埋めると決めた」

 きっと、夢にまで見ていただろう上等な剣との果し合いを、叶えたいと。

 恐らく、前回の“巌流”が傍らの黄金の剣に与えられただろう充足を、この戦いで得たいと。

 名を持つことすら許されなかった幻は、無意味に終わるであろう果し合いの許可を求めていた。


「…………」

 是非を答えず、あるいは呼吸することすら忘れ、士郎は無言でアサシンを見つめた。
 その瞳の奥にあるのは、懊悩。硬く結ばれた口元は、言葉を発することを拒んでいるようである。
 己のサーヴァントが望む、『セイバー』との果し合い。その先に待っている、アサシンの運命。
 そんな分かりきった事を、今更悩んでいるわけではない。元より彼らの関係は主従に非ず。その行動を律する使命はあっても権利は無く、十日余りの共闘が終われば脆く崩れる関係でしかない。
 聖杯の破壊。そんな事を目指す魔術師が、サーヴァントに従属を求められるはずが無い。そんなことを望む魔術師に召喚されたサーヴァントが、命に従う義務を持つはずが無い。
 
 思えば、歪な関係ではある。何も与えられないマスター。何も求めないサーヴァント。性根も嗜好も異なる、どこまでも交わることの無い共闘関係。
 
 僅か二週間余りの、聖杯戦争。それは確かに、花の命のように短い時間ではあったが。



『こっちにはセイバーとアサシンがいてくれてるんだ。相手がどんなやつだって、負けるはずが無い』



 それでもそれは、互いを信ずるのに十分な時間ではなかったか。



『そのような顔をしてくれるな、セイバー。別段マスターがそなたと私を軽視しているなどとは思っておらぬ』



 互いを知るのに、十分な時間ではなかっただろうか。




 
「――――く」

 
 悟り、あくまで流麗にアサシンは己が主の懊悩に苦笑した。何と愚直、何と朴訥。よりにもよって衛宮士郎は。

「案ずるな、マスター」

 己を現世に繋ぎとめるマスターは、未だに。

「言ったはずだ。私にこれ以上の望みなど無い、とな」

 元より無である亡霊に、何一つ返るものが無いことに、心を砕いているというのだから。
 



 滔々と注がれる月光の下、アサシンの言葉に表情を歪めたのは凛であり、セイバーだった。
 『セイバー』とアサシンの果し合い。その馬鹿げた儀式を阻止しようとした二人は、しかしその権利が自分達に無いことを知っている。聖杯を破壊するために動いている彼女達に、召喚されたとは言えアサシンが従う義務は無い。今日まで彼が助力してくれたことが、むしろ幸運であったのだ。
 
「…………」

 凛とセイバーが士郎へと視線を向ける。例え歪な主従であったとしても、アサシンのマスターは士郎である。ならば最後の判断は彼に委ねようと、もう一組の主従はこれ以上アサシンを諌めることを放棄した。

「――――行け。そなたたちには、他にやるべきことがある。こんなところで足止めされている場合ではなかろう」

 聖杯を破壊し、間桐桜を救う。『セイバー』を討つ。それはもう別の話であり、だからこそ自分達の望みはここで別たれたのだ、と。
 言外にそう告げたアサシンの一言に、士郎が頷いた。

「ああ。…………だけどアサシン」
 
 僅かに言いよどんだ士郎が、視線をアサシンの持つ長刀へと向ける。
 一度目を閉じ、搾り出すように息を吐く。アサシンをこの場に残し、桜を救う。それはいい。だが、それでももう一つ言わねばならないことが、彼にはある。


「頼む、アサシン。そいつで戦うのは、もう止めてくれ」

 
 五尺余りの備中青江。物干し竿の愛称で呼ばれる、無名の長刀。


「この戦いが、あんたにとって大切ならなおさらだ。――――頼む、アサシン。そいつはどんなに巧く使っても、多分もうもたない」


 投影によって生み出された贋作が、月の光に濡れていた。
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天天8
2006-03-10 Fri 02:01
「――――は」

 溜息にも似た笑いが、望月を望む闇の中に木霊する。
 くつくつと肩を揺らすのは、誰であろうアサシン・佐々木小次郎である。忍ばせる必要も無いというのか、彼の口から零れる笑いはどこまでも高く穏やかに周囲に響き渡る。
 
「何を笑う、アサシン」

 アサシンとは対称的に、そう問うた『セイバー』の声は硬い。闇に浮かぶその表情には先刻までの笑みは無く、どこまでも平坦である。

「いや、許せ『セイバー』。別にそなたの言を笑ったのではない」

 ゆるりと一度首を振り、アサシンは笑いを止めた。

「確かに滑稽な話だ。よりにもよって、そなたの前で佐々木小次郎を名乗るとは。
 ――――これほど滑稽で、無粋な話もあるまいよ」

 言って、アサシンは改めて『セイバー』と対する。

「元より名など持たぬ亡霊が、再び現世に現れるために借り受けた仮初めの名。それもそなたの前では、紛い物にすらならぬのが道理よな」

 滔々とアサシンは告げた。
 アサシンの正体は、ただ彼の剣士の技を再現できるという一点で佐々木小次郎として呼び出される、無名の剣士である。佐々木小次郎とは、あくまで後世の人間によって過去を捏造された、架空の存在に過ぎない。
 ある剣豪の不敗伝説を彩るために、都合の良い引き立て役として作り上げられた、剣士・佐々木小次郎。
 その殻を被らねば英霊として扱われぬ、巌流・無名。

 今宵そのアサシンの前に立ったのは、まさに「佐々木小次郎」が生み出された理由の具現であった。




「紛い物、か。だがアサシン――――」

 呟いた『セイバー』は歩を進め、石段を二つ降りる。
 そこが、限界だった。これより両剣士の距離が詰まるのは、共に剣を抜き果たし合う場合以外にありえない。
 死地を生み出す一歩手前で、希代の剣豪は宿敵の名を名乗る剣士に告げる。

「――――佐々木小次郎など、元より存在せぬ幻だ。ぬしがそう名乗るのであれば、そこに真贋など意味はあるまい」

 実物が存在せぬ以上、「佐々木小次郎」という存在に真贋などないだろう、と。
 そう問うた『セイバー』の言葉に、アサシンは否定も肯定もせず、微苦笑を洩らす。

「……存在、しない?それじゃあやっぱり――――」

「佐々木小次郎とは、人が作り上げた幻――数多の剣士の記録を元に組み上げられた、空想に過ぎないと言うのですか――――?」

 問いを発したのは凛であり、後を継いだのはセイバーである。
 
「さて、な。あるいは真実、佐々木小次郎なる天才は存在したのやも知れぬが――――」

 記憶を探るように一度目を閉じた『セイバー』は、「少なくとも、出会ったことは無い」と宿敵の存在を否定した。
 
「組み上げられた、とは言い得て妙だな、王よ。確かに、佐々木某と名乗る剣士は斬った覚えがある。通常より長い刀を携えた剣士も、斬った覚えがある」

 目を開く。その瞳に僅かな喜悦を滲ませ、黒衣の侍は群青の侍をひたと見据える。

「だが、そのどちらも半端な存在だった。剣の腕も、獲物の長さもな。――――その意味ではアサシン。ぬしの獲物は、いかにも佐々木小次郎らしい」

 五尺を優に越える長刀を背負ったまま、アサシンは僅かに肩を竦めた。
 そんな話は、アサシンにとっていささかも興味をそそられるものではない。自身が被った殻の実態なぞに、どうして興味が持てようか。
 身上無用。真名不要。彼には、『セイバー』の振るう剣以外に用はない。

 アサシンの態度に、それでも『セイバー』は再び笑みを浮かべた。
 黒色の、獣のような『セイバー』の瞳が動く。

「それで、ぬしは一体どうする?王よ?」

「――――何?」

 問われたセイバーは、しかしそもそも何を聞かれたのかわからず眉を顰める。

「アサシンはともかく、ぬしは本来この戦争にいるはずの無いサーヴァント。こちらとしてはぬしが剣を向けぬ限り、その首を落とす意味が無いのだが、な」

「何を言うかと思えば――――」

 怒気が膨らむ。それ以上傲慢であり続けるならこちらが逆に首を落として見せると、気配が告げる。

「――――ふざけるな、『セイバー』。凛とシロウの前に立ち塞がる以上、貴様は私の敵だ」

 慣れ親しんだ感触がセイバーの手にのしかかる。風の結界に覆われた不可視の刃は、彼女の意志一つで即座に実体化を果たした。
 敵との距離を零にすべく、その両足に力を込めた。つぎの瞬間。

「――――ふむ。ならばぬしの方にも、剣を交える理由なぞあるまい」



 そんな言葉が、当たり前のように呟かれた。



「な、にを言っている『セイバー』!貴様は――――」

「ぬしらの邪魔をするつもりなど、儂には無いと言っている。臓硯とあの娘の下に行きたいと言うのなら、そうすればよかろう」

「は?」と。
 酷く間の抜けた呟きが、『セイバー』とアサシンを除いた全員の口から零れた。

「――――ちょっと待ってくれ、『セイバー』。あんたは聖杯が目的で召喚されたんじゃないのか?!」

 最初に我に返ったのは、今まで沈黙していた士郎だった。ただひたすらに黙し、眼前の剣士に打ち勝つ術を模索していたというのに、その敵はそもそも戦う必要など無いという。
 
「聖杯に興味など無い。儂はただ、時を共有できなかった史上の達人どもとやれると聞いたから召喚に応じたまでだ」

 生涯六十余度の戦いにおいて、不敗。だがそれでもまだ足りぬと、剣士は渇きを訴える。

「だというのに臓硯は、ただこの場所に留まり敵が来るのを待てと言う。――――おかげでやれたのはアーチャーとランサーだけ、仕留められたのはアーチャーだけという有様だ」

 未だ斬り足らぬと、戦いを渇望する。

「生憎と、そんな主に義理立てするほど殊勝な性格ではないのでな。ぬしらがこの石段を通りたいというのなら、そうすればいい」

「――――あんた、言ってることが滅茶苦茶じゃない、『セイバー』。戦いたいのに、私達は見逃すっていうの?」

 胡散臭げに、凛は『セイバー』を睨む。この男の言うことなど、信用できるはずが無い。

「第一、あんたはあの妖怪爺にこの場を守るように命令されているんでしょう?だったら私達を通すはずが――――」

「かまわぬさ。――――それになにより、儂は戦わぬとは言っておらん」

 視線に殺気を込め、天下無双は歯を剥いた。

「ぬしらが何をしようと、知らぬ。だが貴様は別だ、アサシン」

 その声に月すらも怯え、その姿を隠す。

「ぬしだけには、どうあっても最後まで付き合ってもらうぞ、アサシン。佐々木巌流がその身を賭して道を開くというのなら――――そら、臓硯に対する言い訳も立とうというものだ」

 ならば通そう、と『セイバー』は言った。この申し出、アサシン・佐々木小次郎との一騎打ちが叶うのならば、他の三人に手出しはせぬと誓った。
 巌流以外の全ては不要と、傲慢に笑った。
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あなざー改め天天7
2006-03-06 Mon 17:41
 満月を背負う黒衣の剣士――――『セイバー』を見上げながら、士郎は強く奥歯を噛み締めた。

 彼らには、時間が無い。先刻凛が指摘した通り、山頂では既に門が開きかけている。一刻も早くマキリの老人と間桐桜を止めなければ、今宵、この冬木は地獄と化す。
 だが、山頂へと至る道に立ち塞がる門番に、マキリの老人は最悪の剣士を配置していた。

 宮本武蔵。名を玄信。

 それが誰かなど、最早語るまでも無い。男が口にしたのは、つまりはそういう名前だった。あるいは「剣客」という存在に限定するなら、史上最も知られた名であると言っても過言でないほどに。
 
 曰く、二刀流の開祖。曰く、生涯六十余度の死合いにおいて不敗。曰く、剣のみならず芸術や哲学にまで才を発揮した天才。
 およそ『セイバー』において知りえる情報が、意識せず士郎の脳裏を過ぎっていく。あの剣士に対する伝説など、数え上げればきりが無い。
 ゆえに、唯一つの伝説を最後に、士郎は考えることを放棄した。

 曰く、船島における一騎打ちにおいて、慶長の世に並ぶ者無しと言われた天才剣士を討ち果たした、希代の剣豪。
 
 佐々木小次郎にとって、最悪の天敵。



 

 □□□ 





「……宮本、武蔵?あいつがあの――?」

 信じられないというように呟いた凛は、真横へと視線を向けた。

「…………」

 視線の先にある士郎の表情は、硬い。こちらが見ていることにすら気がつかない彼の精神状態に内心で舌打ちした凛は、自身の意識の半分を己が内へと向けた。

『セイバー。聞こえる?』

『────はい。』

 念話による問いかけに対する反応は、即座に凛の脳内に響いた。裂いた意識の半分を用いて凛は『セイバー』を注視し、無論彼女の問いかけに答えたセイバーも同様である。
 状況はまさに一触即発。何があろうと眼前の敵から意識を逸らすような愚行はできない。

『ちょっと面倒なことになってきたわね。……どう思う?あいつの話』

『真偽はわかりません。ですが凛、宮本武蔵とは確か────』

『……この国じゃ、有名すぎるくらい名の知れた奴よ。佐々木巌流って剣士との果し合いは、特にね』

 その言葉に僅かな動揺を覚えたのはセイバーか、それとも凛自身だったのか。
 感情のさざなみをも共有しながら、念話はなおも続く。

『士郎が妙に不安定だったのも、その辺りが原因かもね。アサシンと繋がっている以上、ここにいるのがあいつだって予感していたとしても、不思議じゃない』

 敵の姿を見ずとも、敵の真名を聞かずとも、恐らく士郎とアサシンは予感していたのだろう凛は告げた。
 
 ――――今宵、この柳洞寺を守る番人は、最悪の天敵であると。

『……ですが凛。それもあの男が告げた真名が真実であればの話です。あの侍はアサシンの正体を知っていた。ならばこちらの動揺を誘うために、真名を偽っている可能性も否定できないのでは?』

『────かも、ね』

『それに私には、あの男があっさりと真名を明かしたことが気にかかります。私達サーヴァントは、高名であればあるほど真名を秘さなければならない。それが偽りでないのなら、ああも簡単に真名を告げるとは思えません。なにより────』

 そこまで告げて、セイバーは一瞬言いよどむ。
 どうにも適当な言葉が見つからないまま、セイバーはそれでも素直に感じたことを凛へと告げた。

『なによりあのサーヴァントは、胡散臭い。あの男から感じる雰囲気は、詐欺師のそれです』

 およそセイバーらしくない物言いに一瞬虚を突かれた凛は、次いで苦笑した。

『そうね。あいつが胡散臭いってのには、私も同感。……でもねセイバー。もしあいつが本当に宮本武蔵だっていうんなら、真名を隠さない───というより、隠す必要が無いんだと思う』

『……?どういうことですか、凛』

『貴方達サーヴァントが真名を隠すのは、生前に負った瑕───要するに、弱点を悟らせないためでしょう?』

 でもねセイバー、と凛は僅かな畏怖を込めて言葉を続ける。

『“無い”のよ。あの男には、弱点が。生涯不敗ってのは貴方達英雄には珍しいことじゃないかもしれないけど、伝説を信じるなら宮本武蔵って剣士も、一度も負けたことが無い』

『……生涯不敗、ですか』

『ええ。その上あいつは老後にのんびり本なんか書いて、平穏に畳の上で死ねたってやつよ。……だからあいつが本当に宮本武蔵なら、真名を隠す必要は無い』

 告げて、凛は口惜しそうに唇を噛んだ。

『弱点が無いって意味じゃ、こっちも同じ条件だったはずなんだけどね。貴方はともかく、アサシンはそもそも英霊ですらないわけだし』

 架空の剣士・佐々木小次郎。その存在は人の作り出した幻想ゆえに、その男を打ち倒したモノもまた幻想の中にしか存在し得ないはずだった。
 だが、その幻想に手をかけ得るかもしれない唯一の存在が、彼女達の前にいる。

『まったく、本当に面倒なことになったわ。本物じゃないとはいえ佐々木小次郎として召喚されている以上、アサシンのあいつとの相性は最悪だろうし』

 最大の懸念が、まさにそれだった。本来無名の存在であるアサシンは、他のサーヴァントが各々のクラスに当てはめられて現界を果たすように、彼はアサシンという枠のほかにもう一つ、「佐々木小次郎」という型に合わせて現界している。
 ならば、敵が真実宮本武蔵ならば、おそらく勝てない。それが、相性。佐々木小次郎は宮本武蔵に勝てないという事象こそが、人の持つ幻想。
 どれほど実力で勝っていようと関係ない。世界の全てが『セイバー』・宮本武蔵の勝利という形に傾くことになる以上、それに個が対抗できるわけが無い。
 
 だが、それでも。

『だからセイバー。最悪、アサシン抜きであいつを仕留める覚悟をしておいてちょうだい』

 それでも、単純に剣士としての実力が劣るとは思わないと、凛は己が剣に告げた。

『────了解しました。マスター』

 向けられた信頼に応える声は、どこまでも強く。
 
 他者に知られること無く交わされた会話は、満月が再び姿を隠すと同時に、闇に溶けた。
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