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あなざー5
2005-08-23 Tue 01:21
 周囲の闇に合わせたかのような黒い着物は、月光が炙り出さねば男の身体を夜に溶かし、首だけが宙に浮いているように見えたかも知れない。
 黒い着物と、草履。時代錯誤な格好をした男は、自身のサーヴァントとしてのクラスを示すかのように、腰に大小二本の刀を差している。
それに視線を向けたセイバーは、こちらの戦意を煽るように殺気を叩きつけてくる男の全身をその視界に収めた。
 
「…………」

 これほどの殺気を撒いているというのに、男の表情は酷く平静だった。
 火のような殺気と、水のような表情。そのどちらがこの剣士の本質なのだろうか。
 恐らくは前者だ、とセイバーは判断した。この『セイバー』の本質は、剣を持った獣と大差ない。
 
「――――――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。
前回のセイバー、異国の王者アーサー…………」

唐突に、黒衣の獣が沈黙を破った。
独り言のように呟かれたその言葉に、それぞれ己のサーヴァントの後ろで身構えていた士郎と凛の表情が動く。

「――――――っ!」

敵がこちらの真名を知っていた。それの意味することの大きさを考えれば、とっさに表情に出してしまった驚愕は最小限に止めたと言える。

「どうやら間違いはない、か」

だが、『セイバー』はその微細な変化を見逃してはいなかった。
剣士の目が、そして唇が僅かに弧を描く。
その『セイバー』の表情に、あるいは動揺を表に出してしまったという失態に、凛は内心で舌を打つ。

「いままで隠れていてようやく出てきたと思ったら、随分といきなりじゃない。『セイバー』?」

 とりあえず安い挑発を舌に乗せ、凛は敵の出方を伺う。

「文句はマスター……臓硯に言え。ぬしらを嗅ぎまわっていたのも、儂に動くなと言ったのも、すべてあの男だ」

「それでここまで追いつめられて、慌てて切り札(あんた)を出したってわけ?
随分ともうろくしたもんね、マキリの長も」

「……確かに、臓硯は心配が過ぎるがな」

クックッと肩を震わせ、『セイバー』は刀の柄にかけていた肘を上げた。
セイバーとアサシン。士郎と凛。 二人のサーヴァントと二人の魔術師を見下ろすセイバーの瞳は、数の不利など問題ではないというように。

「だが、追いつめられてなどいるものかよ。
後が無いのはぬしらだ、魔術師」

傲慢に、笑った。

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あなざー4
2005-08-16 Tue 02:26
足がまるで鉛のようだと思った。

「――――――――――――」

 石段を一つ上るごとに胃を少しづつ締め付けられるような感覚に耐えながら、必死に前を歩くふたりについて行く。
 魔術師は精神を完全に制御できなければならないといったのは、隣を歩く女性だっただろうか。
 その術があるのなら、今欲しい。心に沈殿していく、理由のない不安。それを完全に、打ち消してやりたい。
 それができないのなら、せめて表に出す事だけは避けたい。
 再び立ち止まって、心配させるような事、時間を浪費する事だけは避けなければならない。

(――――――――――――くそ)

 胸中で罵りを上げながら、それでも士郎は平静を装って、柳洞寺へと歩を進めていく。
 負けるはずが無いと言った言葉に、嘘はない。前を歩くセイバーとアサシン、それに加えてブレーンとして遠坂凛がいる以上、たとえ相手が誰であろうと負けるはずがないという思いに、偽りはない。
 
 ――――――――だというのに、どうして胸の奥の疼きが消えてはくれないのか。

耳の遥か奥、頭の芯がずきずきと痛む。
これは、喪失に対する恐怖だった。喪って、負ける。このまま進めば自分は、何か大きな物を失ってしまう。

けれど、引けない。引くわけには行かない。あのマキリと名乗った老人を放置すれば、下手をすれば今夜数千の命が失われてしまう。

(――――――――――――くそ!)

人が死ぬ。あの地獄が再び現れる。

そうしてその地獄を引き起こしてしまうのは、ずっと家族のように思ってきた――――

「――――――――――――!」

びくりと身を震わせ、士郎は顔を上げた。
声が聞こえたような気がした。か細い、今にも消えてしまいそうな声が、頭の上から聞こえたような気がした。

「馬鹿…………だな」

その声が、空耳だということはわかっていた。耳慣れた声の持ち主は、目の届く場所には居ない。

――――――――せんぱい。

馬鹿だ、と思った。
ただ一言、“せんぱい”とだけ聞こえた言葉にどうしようもなく苛立つ。
一度だけ聞こえた声は、助けて欲しいとも、辛いとも苦しいとも言わずにただそう言った。
それが、なにより腹立たしい。
こんな時くらい、辛いと言ってもいいのに。
せめて幻聴のなかでくらい、助けてくれと言って欲しいのに。

だけど、何よりも馬鹿なのは。

「……………………桜――――」

家族のように傍に居ながら、何も気付かずに目を逸らし続けていた、衛宮士郎そのものだ。

「く――――」

喉を掻き切りたくなるような自責をもって恐怖を駆逐し、足を動かす力にする。 
頭の中をぐるぐると廻る思いを全て切捨て、いつのまにかうつむいていた頭を上げる。

「…………?」

眼前で群青色の背中が停止していたことに初めて気が付き、士郎はそこで歩みを止めた。
アサシンの横で、おなじく停止しているセイバー。僅かに除く横顔に浮かんでいるそれが、戦意と呼ばれる類のものであると、士郎が理解した瞬間。

「……………………来たか――――」


異質な声が、周囲を凍らせた。

「――――――――!」

衛宮士郎と遠坂凛、二人の魔術師が同時に息を呑む。

アサシンとセイバー、並び立つ両者の隙間から見える、その先に。

「――――――――『セイバー』!!」

黒い着物に身を包んだ侍が、月の光を浴びて、そこに居た。
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あなざー3
2005-08-10 Wed 02:23
 冷たく硬い石段を上るごとに、強くなっていく思いが腹の底にあった。
 それを表に出す事は無い。足取りは軽く、表情は穏やかなままに、アサシン佐々木小次郎は自然体を貫いたまま、剣気の元へと歩みを進めていく。

はらわたが震えるようなこの感情の名は、果たして何と言ったか。

(…………叶わぬよな)

未練を断ちきるための呟きは、音を震わせることはなかった。
望みうるならば、この先にいるモノと心行くまで剣を交えてみたい。
この先にいるモノ。未だ顔すらも知れぬ『セイバー』。その敵と死力を尽くして果たしあうことに、ただひたすらに上等な剣との打ち合いを望む男が、焦がれぬはずが無かった。
 だが、それが叶わぬ願いであることもまた、アサシンは同時に理解していた。
 
(まさか、この時まで出会えぬとは、な)

 今日まで姿すら見せる事の無かった剣士に、あるいは巡りあわせという形のないものに対し、群青の侍は不満を洩らす。
 いや、確かに剣を交わすことはできよう。
 だがそれは、一対一の果し合いではない。
 元より数の利があるのはこちらだ。サーヴァント二人に魔術師二人。対して敵は恐らく『セイバー』一人。この状況下で、聖杯の破壊を目的とするマスター達が、単独での果し合いの申し出など了承するわけが無い。

(もとより雇われの身。贅沢を言えるものではないが、さて――――――)

 満足すべきであるのだろうと思う。召喚されてより今日この日までの戦いで、良しとせねばならないのだろうと思う。

 時と状況の悪戯で期せずして得た果し合いの末に、騎兵を斬った。
 決着をつけることは叶わなかったが、槍兵とも剣を交えた。
 セイバーと共にとはいえ、狂戦士の異能を存分に堪能した。

 まさしく、死力。人の身では五十年生きようと体験し得ぬであろう、濃密な時間。
 それを確かに、この侍は得た。
 
 ――――――だが、それでも未だ胸の奥に、満たされぬ場所があるのもまた事実だった。

 アサシン・佐々木小次郎に前回の記憶は無い。時間軸から解き放たれた英霊に以前などという概念は無く、彼らにあるのは各々召喚された時代で得た記録のみである。
 そして、そもそも英霊というより亡霊に近いアサシンにとっては、その記録すら曖昧だった。
 あるいは記録ですら原型の物となったのかも知れぬと、アサシンは思う。架空の剣士、佐々木小次郎。元よりその皮を被った亡霊に過ぎぬ身の上ならば、己が得た記録ですら、原型に取られてしまったのかもしれぬ、と。
 曖昧な記録の中で、掬い上げることの出来たものは二つ。一つは、前回自分はキャスターのサーヴァントによってこの地の門番として召喚されたという事実。
 そして、もう一つは、

(まったく、記録というのも存外都合が良い。いや、調子がよい、か)

 全てを出し尽くした充足の中で、今は隣を歩む剣士に与えられた、敗北の記録だった。

(―――――ク)

 あるいはこの記録が無ければ、こうまで『セイバー』との立ち合いに焦がれる事もなかろうと、アサシンは心中で苦笑した。
 確かに、満たされたという事実はあった。だがそれは“記憶”ではなく“記録”の中にしか存在しない。
 あの時充足を与えられたのは、あくまで前回破れたアサシンただ一人。
 記録に、現在のアサシンの感情が伴う事は無い。
 死力を尽くしたセイバーとの時間。それがどれほどの喜びであったのかを理解していながら、あたかも絵画の向こう側で行われたかのようにしか感じられぬ、飢餓感。
 

 名を持つことすら許されなかった剣士は、唯一の望みが叶った記録を得て、さらに満たされぬ思いを抱えた。
 

 無論、今回共闘する剣士との再戦など、望み得るはずがなかった。いや、仮に今回再び敵として見えていたとしても、この侍は騎士王と再び剣を交える事をよしとしたかどうか。
 
 ――――――もとより、一度散ったものが再び姿を見せていること自体、無粋の極み。ならばどうして、再び果たし合うことなどできよう。

 ならば今のアサシンが上等の剣と見える機会は、今回の『セイバー』以外にありえない。そしてアサシンには、間違いなく今回の『セイバー』もまた極上の剣であるという、奇妙な確信があった。

 聖杯。柳洞寺。『セイバー』。そしてアサシン。
 舞台と配置されたクラスは同じ。ならば自然、望みを叶えるのにこれ以上の夜はあるまいが。

「――――――――――――ままならぬものよ、なあ」

 呟きは何者の耳に届く事も無く、夜の闇へと消えた。
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あなざー2
2005-08-04 Thu 00:38
「…………あるいはそなたが当てられているのは聖杯の魔力ではなく、この先の門番にではないのか?マスター」

 場の空気を破ったのは、今まで沈黙していたアサシンだった。月光の下、ともすれば周囲の闇に溶け出してしまいそうな群青色の着物をはためかせ、侍は石段を一つ降りてセイバーに並ぶ。

 並んだアサシンの横顔を見上げたセイバーは、上空から差し込む月光を遮るように目を僅かに細めた。

 今宵はどうやら門番がいるようだ――――そうアサシンが独り言のように呟いたのは、この山の麓に辿り着くより以前、直感のスキルを持つ彼女がその存在に気が付く前のことだった。
 前回偵察に来たときは存在しなかった敵。今夜の儀式を滞りなく済ませるためにマキリの魔術師が配置した、番兵。
 その敵がどのような相手であるのかを、彼女達は知らない。今日までに刃を交えたサーヴァント達はことごとく打ち破ってきたのだし、あるいは消滅するのを確認した。
 ならばこの先にいるのは必然、未だ姿すら見たことの無いサーヴァントに違いないのだが―――― 

「…………シロウが不安を感じているのは聖杯に対してではなく、この先にいるだろうサーヴァントのほうだと、そう言うのですか?アサシン」

 アサシンに問いかけた言葉には、僅かに剣呑な響きがあった。
 アサシンの言うとおりであるとすれば、それは一種の侮辱に等しい。
 怒りを覚えることこそないが、つまりそれは、シロウが自分とアサシンでは心許ないと感じているという事に他ならない。
 例え、いかに未だ正体のわからないサーヴァントが相手だろうと、遅れをとるつもりは無い。

「そのような顔をしてくれるな、セイバー。別段マスターがそなたと私を軽視しているなどとは思っておらぬ」

 微苦笑を浮かべたアサシンは、「だが」と肩越しに石段を振り返った。

「この剣気。恐らく門番は此度の『セイバー』だろう。最強と呼ばれるサーヴァント、容易い相手ではあるまい」

「剣気、か。やっぱり残っていたのは『セイバー』なのか?」

 先刻よりは僅かに血の気が戻った士郎の声に、アサシンは頷いた。

「刀剣に狂ったこの国の英霊である以上、どのクラスであろうと多少の心得はあるかもしれぬ。だがこれほどの物ともなれば、剣士のそれに相違あるまい」

 水が流れ落ちるように石段の上から届く剣気は、あまりにも無骨で露骨だった。隠すつもりなど毛頭無く、むしろそれをもって己の存在を声高に叫んでいるようですらある。
 優雅さとはかけ離れた、獣のような殺気。
  
「さて、いったい何が呼ばれたか――――」

 呟くアサシンには、しかし確信があった。クラスは『セイバー』、真名は不明。何者かはわからぬ。だが、この先にいるのは間違いなく極上の剣だという、確かな予感が。

「ク――――――」

 願えるのなら、隣で佇む黄金の剣に比するほどの相手であって欲しい――――自然、アサシンの顔に笑みが浮かぶ。

「まったく、嬉しそうな顔してんじゃないわよ。アサシン」
 
 あきれたように嘆息した凛は、視線を隣に移す。

「セイバー、貴方の意見もアサシンと同じ?」

「恐らく間違いはないでしょう。今回脱落が確認出来なかったサーヴァントは『セイバー』とアーチャー。
 このどちらかであるというのなら、『セイバー』が残った可能性が高い」

「その根拠は?」

「今の状況です。頭上に陣を張り、なおかつここは障害物の無い直線。敵がアーチャーであるというのなら、ここまで狙撃の一つもないのはおかしい」

「…………そうね。アーチャーはあくまで距離をとって戦うサーヴァント。 となるとやっぱり、『セイバー』で間違いなさそうね」
 
 頷いたセイバーは、石段を一つ降りて視線の高さを士郎に合わせる。

「シロウ、貴方の不安の原因を知ることは、私にはできない。ですが――――」

 その言葉が、最後まで告げられる事は無かった。

「…………ああ。たぶん俺の不安は、やっぱり気のせいだと思う。調子が悪いのは、この魔力に当てられて少し弱気になっていたみたいだ」

 ――――ですがどうか、安心して欲しい。そう告げる前に頷いた士郎に、セイバーはその緑玉石色の瞳を見開いた。
 何やらひどくあっさりと納得したことに驚いているらしいセイバーを見返した士郎は、

「こっちにはセイバーとアサシンがいてくれてるんだ。相手がどんなやつだって、負けるはずが無い」

 当たり前のことのように、そう言った。
 
「――――――」

 それは揺ぎ無い信頼だった。一点の曇りもないその一言に、しばしセイバーと、アサシンですら言葉を忘れた。
 
「?どうしたセイバー、アサシンも」

 眉間に皺を寄せた士郎の表情に、セイバーは微笑し、アサシンは苦笑した。そんな騎士と侍の様子に、眉間の皺が一層深まる。
 困惑した様子の士郎に言葉を掛ける事も無く、セイバーとアサシンは共に首を振った。
 向けられた信頼に返す言葉など無かったし、その必要も無かった。


 言葉は要らない。向けられた信頼には、剣をもって応えればいい。
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あなざー1
2005-08-01 Mon 01:27
 
 衛宮士郎と遠坂凛、そして両者のサーヴァントであるアサシンとセイバーが円蔵山柳洞寺に辿り着いた時刻、そこは既に異界と成り果てていた。
 二年前、この地に聖杯が降りた時と同じ、あるいはそれ以上の瘴気が溢れ出している円蔵山は、山の全てが死に絶えたかのように静寂を保っている。
 人気は無い。山全体を覆う異質な空気は、視認する事すら出来そうなほどに濃く、重い。
 マスターに先行して石段を上るサーヴァント二人は、その空気の中をひるむことなく進み続けていた。
 月光を照り返す黄金色の頭髪を僅かに揺らしながら進むセイバー。
 群青色の着物をはためかせながら、優雅に歩むアサシン。
 二年前、この柳洞寺で相対した剣士達は、共に山頂を見据えながら並び歩いていた。

「――――――ふう」

 前方を歩くセイバーとアサシンの後姿を見据えながら、額に浮かんだ汗を拭った士郎は息を一つ吐いた。
 石段を上り始めてから間もないというのに、拭った後から汗が吹き出てくる。
 今の季節は春先、さほど気温が高いわけではない。
 頬を伝い顎先へと流れ落ちる雫は、緊張と焦燥の現れだった。

「まずいわね……。余裕があるとは思って無かったけど、この様子じゃほとんど開きかけてるわ」

 肌に吹き出した汗と同じ、僅かな焦燥を滲ませた声の先へと視線を移した士郎は、その言葉に頷く。

「――――――ああ」

 何かを口にしかけ、結局口から出たのは同意の言葉、唯一つ。
 その一言ですら、周囲の異質な空気の中に頼りなく溶けていった。

「――――――士郎?」

 その様子に眉を顰めた凛は、疑わしそうに再び声をかける。

「ちょっと、大丈夫?顔が真っ青よ、あんた」

 気遣うような声色に、澱むことなく前を進んでいたセイバーとアサシンの歩みが止まる。
 振り返ったセイバーの目に飛び込んだ士郎の顔は、確かに酷く青白い。

「………………」

 士郎の顔色に、同じく眉を顰めたセイバーは一瞬空を仰いだ。
 今夜の月は酷く明るい。あるいは彼の顔色も月光を映したものであるかもしれないと思ったが、

「本当に、どうしたというのですか?シロウ」

 月の光を差し引いても、やはり様子がおかしいことに変わりは無かった。
 ――――成る程、確かに今夜のこの場の空気は異常である。サーヴァントである自分達ならばともかく、シロウと凛にとっては厳しいだろう。
 だが、それは二年前の決戦のときもそうであったはずだ。未だ年若いとはいえ、彼らはこの二年でいくつもの修羅場を潜り抜けてきた魔術師である。
 いくら聖杯降臨という異常な場にあるとはいえ、こうまで空気に当てられるはずも無いのだが――――

「…………ああ、すまないセイバー。遠坂とアサシンも。
 俺は大丈夫だから、先に進もう」

「…………そんな顔して“大丈夫”なんて言われて、じゃあ行きましょうなんていえると思う?」

「?そんなに酷い顔してるのか?俺」

 頬を撫でる士郎を前に、凛はあきれたように嘆息した。

「鏡があったら見せてやりたいわ。今にも死にそうな顔してるわよ、あんた。
 何かあるなら、今この場で話してちょうだい」

 責めるような口調ではない。だがそれは、この場で全ての不確定要素を消しておきたいという、確固たる意思の込められた詰問だった。
 これから向かう場所は戦場なのだ。いざその場にあって予測のつかない事態に陥る前に、不安の芽は摘み取っておかなければならない。
 敵は五百年の時を生きる魔術師、マキリ臓硯。ことによってはあの老怪と行動を共にしている桜とも、一戦交えなければならないだろう。
 気を抜ける敵では、断じてない。

「……………………」

 三者の視線に射抜かれた士郎は、石段の先を見つめた。自然と握る手に力が篭る。
 言われた通り、確かに今の自分は少しおかしい。
 この場にいれば誰でも多少はおかしくなる。けれどそれにしても、今夜の自分は酷く、ざわついている。
 

「…………正直、俺にも何がおかしいのかわからないんだ、遠坂。
 ただ、なんとなく嫌な予感がしてるんだとしか言いようが無い」

 曖昧にそう告げた士郎に対して、凛とセイバーは互いの視線を交わす。
 あまりにもあやふやな言葉だった。それだけでは到底、今の士郎の状態に納得できるものではない。

「…………」

 にもかかわらず、それ以上問うことを彼女達はしなかった。
 当人にも理由のわからない焦燥。だからこそ士郎は“予感”という言葉を使ったのだろう。
 衛宮士郎は時として、見ているほうが肝を冷やすほどの無茶をしでかす男である。だからこそ、その士郎がこうまで感じる“嫌な予感”を杞憂と笑い飛ばすことが、彼女達には出来なかった。
 
  
 自然、空気が硬くなった。多少の無理を笑ってこなす衛宮士郎がこの種の予感をあえて訴えた場合、大抵それは的中し、面倒な事になる。

 二年という月日を共に過ごした二人は、嫌というほどにそのことを痛感していた。
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2005-08-01 Mon 01:24
とりあえず稼動。
没になったネタの墓場。見直し無しの下調べ無し。適当に書いていくをモットーに、とりあえずは月聖の別プロットをあなざーと称し書いてみる。
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