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最終回
2009-03-20 Fri 15:29
 祝日ということで、少し早めに短編『胡桃』の最終回を掲載します。
 まとめの方は若干手直しをして、近日中にホームページに掲載予定。
 超遅筆不定期にもかかわらずお付き合いくださっている皆様、その上拍手までポチッとしてくださった貴方。いつもありがとうございます。またネタを思いついたら何か書きたいと思いますので、年に一度か二度、訪れていただけたなら幸いです。
 それでは。
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胡桃 最終話
2009-03-20 Fri 15:21



「……ごめんね アーチャー 」

「……ふむ? 」

 光が消えた。空手となった彼女は手を下ろし、俯いたまま呟いた。
 じっと自らの太腿の上に座り込むイリヤスフィールへと向け、アーチャーは問う。
 
「さて、一体何を謝っているのかね、君は。電話をひったくったことなら――――まあ、もう少しおしとやかにしたまえと、説教の一つもしたくなるが」

「――――んっと。うまくいえないんだけど」

 ゆっくりと彼女は顔を上げていく。そこにあったのは、泣き笑いのような、およそイリヤスフィールには相応しくない表情だった。
 
「なんだか私ばっかり喋っちゃったけど……アーチャー。もしかしたらアーチャーも、何かキリツグ言いたいことがあったんじゃないかなって」

「…………」

 アーチャーは心中で吐息をついた。人の幸福を願い続けた男。そうして自らの幸福を願えなくなった男。そんな男の理想を受け継ぎ、彼と同じように報われる事の無かったエミヤ。
 なんのことはない。
 イリヤスフィールにこんな顔をさせているのは、他ならない自分だったのだと、アーチャーはようやく気付いたのだ。
 
「イリヤスフィール。こんなことは、今さら君に言うまでもないだろうが」

 だから、彼は微笑んだ。いつものように皮肉げに、何の心配も無いと言いたげに。
 
「さっきの会話の相手。彼は君がよく知り、そしてかつて私が知っていたのだろう男によく似た、別の存在だ」

「…………ん」

 こくり、とイリヤスフィールは小さく頷いた。アーチャーの言う事は正しい。同じ名前、同じ容姿、同じ声に同じ心。けれどやはり先刻の彼と彼女の知る衛宮切嗣は、起源を同じくするだけの別の存在なのだ。
 だから、そんな別人に言いたいことなど自分にはないと、アーチャーは言った。

「――――そうね。あのキリツグは、あの世界のキリツグだもの」

「そういうことだ。だが別人とはいえ、似すぎているなら腹も立つ。君の気持ちもわからんわけではないよ」

「? だったらやっぱり、アーチャーもキリツグに――――」

「違う。私がわかると言ったのは、似すぎた誰かに腹が立つということだ。私にとってその相手は、衛宮切嗣ではない。
 
 ――――オレはね、イリヤ。彼に言いたい事など、本当に何一つ無いんだ」
 
 その言葉に、はたとイリヤスフィールは顔を上げた。
 ほんの一瞬、浅黒い顔に浮んだ誰かの面影は、けれどすぐに暗闇の中に熔けていった。そこに居たのは他の誰でもない、アーチャーという名のサーヴァントである。
 
「君は勘違いしているということだ、イリヤスフィール。くだらん理想を抱いて野垂れ死にした責任は、当人にしかない」
 
「……アーチャー」

「衛宮士郎の愚かさは、衛宮士郎自身のものだ。勝手に憧れ、借り受けた理想の重さと結末の責任は――――断じて、他の誰かに問うものではない。彼はただのきっかけだ。最も今の私に、彼に関する記憶などもう存在しないがね」

 厳密に言えば、それは嘘だ。記憶はあった。遠い昔、地獄のような火の海の中で死に掛けていた子供を見下ろす、彼の顔を。
 ならばもし、彼に何かの罪を問うとするのなら。
 
“――――よかった”

 見ず知らずの子供が助かった事に、あんなにも嬉しそうだった彼の姿こそが、どうしようもなくうらやましかったのだ。
 
 
 
「そっか」と頷いたイリヤスフィールは、花咲くような笑顔を見せた。「そうだ」と頷くアーチャーの頭に、イリヤスフィールは手を乗せると。

「――――嘘つきね。アーチャーは」

 そっと、慈しむように彼の頭を撫でた。母が子に、姉が弟にするように。
 それはあまりにも柔らかく、なにより自然な動作だった。アーチャーは抗することすら思いつかずになされるがまま、無心でその感触に身を委ねてしまう。
 
「…………」

 嘘ではない――――瞳を閉じたアーチャーは、心中でそう呟いた。イリヤスフィール、彼女の思うように、衛宮士郎ならば衛宮切嗣に言いたいことがあったのかもしれない。恨みでも糾弾の言葉でも無い、もっと別の何かを。彼女はきっと、それを気にかけているのだ。
 けれどアーチャーには、本当に言いたいことも言うべきことも無かった。名乗らずともイリヤスフィールが誰かを理解した男が、アーチャーには何の反応も見せなかったように、今の彼はかつての自分とはあまりにも違う存在だ。ゆえにアーチャーというサーヴァントは、衛宮切嗣に対して何の言葉も持ち合せていない。
 それが当然だし、それで良いとアーチャーは心底思う。その中でイリヤスフィールが、あの衛宮切嗣との会話で、自身の心に残った最後のしこりを少しでも昇華できたなら、それはきっと幸運なことなのだろう。
 
 この奇妙な体験の結末は、それだけでいい。
 
 そして、不幸中に幸いを見つけたなら、早く物語を終わらせるべきなのだ。
 
 
 
「――――さて、それではここから出るぞイリヤスフィール。予定通り、この蓋を吹き飛ばす」

 イリヤスフィールの手をそっと払いのけたアーチャーは、頭上の蓋をノックするように叩いた。対してイリヤスフィールはといえば、膝立ちのまま器用にその場で反転し、アーチャーの胸板に背を預けるとそのまま座り込んでしまう。
 そのリラックスした様子に、「イリヤスフィール? 」とアーチャーは問いかけた。肩越しに振り返った彼女は、彼を見上げると。
 
「予定は変更しましょう、アーチャー。やっぱり無理矢理なんて、おしとやかなレディのすることじゃないわ」
 
 軽い口調に、アーチャーは眉を跳ね上げる。今さら脱出の是非について意見を言われるなどと、思ってはいなかったのだ。
 そんなアーチャーの表情が可笑しかったのか、くすりと彼女は笑った。
 
「大丈夫、きっと誰かが来てくれるわ。だから、もうちょっとだけ待ってみない? 」

 助けを呼ぶ事はできなかった。けれど彼女が助けを求めずとも、彼女を放っておけない者たちがいる。それは彼女と共に在る従者であったり、彼女を守護する英雄であったり、姉の身を案ずる弟であったり。
 
 きっとそれこそが、幸福の確かな形なのだろう。
 
「だと、よいのだがね」

 嘆息したアーチャーは、全身の緊張を解いた。この世界のイリヤスフィールを案ずる、この世界のものたち。あと少しくらい、それに賭けてみても良いだろうと思ったのだ。
 それに彼としても、箱を壊さずに済むならそれに越したことは無かった。主にマスター的な意味で。
 

「いいだろう、ならばもう少し待ってみるか。だがイリヤスフィール、少しでも心身に異常を感じたら、直ぐに言ってくれたまえ」

「はいはい、心配性なんだからアーチャーは。……じゃあ、しばらく話でもしましょうか? 」





 暗く、狭い宝箱の中。



 互いの息遣いすら感じられるほどの距離で。
 
 
 
 
 




「あ、そうだ。アーチャーは、クルミには幾つか種類があるって、知ってる? 」

「ふむ。確かオニグルミにサワグルミ。あとは――――」










 穏やかに雑談に興じる二人は、まるで姉弟のようだった。
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
  後に残ったのは、むなしく響く電子音だった。

「――――はぁ」

 床に座り込んだまま、身体を襲う激痛を少しでも吐き出すために、彼は深呼吸を繰り返した。やがて大きく息をつき、ゆっくりと身を起こす。
 
「――――う」

 ここのところ、痛み止めの効果が弱くなっているのを彼は感じていた。耐性がついたのか、あるいは薬でごまかせないほどに身体が限界に近いのか。 そもそも自身がどんな病に犯されているのかすら解からない彼に、その判別などつくはずもなかった。ふらつく身体を必死に支え、握り締めた受話器を元に戻す。
 
「大丈夫」

 暗示をかけるように呟いて、苦痛をカットする。今日は良い日だ。何よりも聞きたかった声が聞けた。だから、こんな痛みなど直ぐに吹き飛んでしまうはずだ、と。
 
「…………ん」

 受話器を置いた姿勢のままもたれるように苦痛に耐えていた彼が、不意に顔を上げる。玄関先から人の気配を感じたのだ。どうやら彼の息子が、買い物を終えて帰宅してきたらしい。
 速やかに意識を内へと向け、全力で痛みの抑制を行う。難しい事ではない。かつて魔術使いとして現役で動いていたころには、数え切れないほど繰り返してきたプロセスだ。こんな状態を、万一にでも息子に見られるわけにはいかなった。
 
「ただいま」

「おかえり、士郎」

 何とか笑顔を繕えたことに、彼は内心でほっと安堵した。帰宅した士郎はといえば、玄関を開けたとたん視界に入ってきた父の姿に驚いたのか、一瞬動きを止めた。
 
「何やってんだよ、爺さん。こんな所で」

「勿論、士郎を出迎えに――――冗談だよ。ついさっき、知り合いから電話がかかってきてね」

 そう言って電話機のほうに視線を走らせた彼の様子に、「ふうん」と頷き、士郎は手にしていたビニール袋を置いた。食材の詰まった袋の口からは、長ネギが頭を出している。
 その場にしゃがみこみ靴紐を解きながら、興味なさげに士郎が問う。
 
「知り合いって、誰から? 」

「士郎が知らない女の子だよ。僕もしばらく会ってなくってね――――僕が思っていたより、“随分と”大きくなってたみたいだったけど」

「……女の子? 」

 その言葉にぴくりと反応した士郎は、靴を脱ぎながら顔を上げた。苦虫を噛み潰したような表情のまま、ビニール袋を持ち直し家に上がる。
 
「またかよ爺さん。もう刃傷沙汰はごめんだぞ、俺」

「うーん。どうかな? 」

 曖昧に笑って彼は誤魔化した。先刻会話した“イリヤスフィール”が会いに来る可能性など無いが、こちらの世界の彼女が来たなら、刃傷沙汰程度では済まないだろう。
 その返答に、より苦味を増した表情のまま、士郎は居間へと向かった。士郎と共に、ゆっくりと歩みだす彼へと、
 
「けどよかったな、爺さん」

「――――え? 」

「いや、凄く嬉しそうな顔してるからさ。その人と、久しぶりに連絡取れたんだろ? だから、良かったなって」

「……そうだね。凄く――安心した」

 戸を開け、二人で居間に入る。ビニール袋を抱えたままキッチンへと向かった士郎は、冷蔵庫を開け食材を収めながら、背を向けたまま彼に問うた。
 
「晩飯、魚でいいよな? 今日は鰈が安かったから、こいつを煮魚にでも――」

「うん」

 じっと立ち尽くしたまま、彼は士郎の背中を見つめていた。こんな自分の元で、良い子に育ってくれたと心底思う。
 
 ――――シロウが作ってくれるご飯はとっても美味しくて。
 
 ――――キリツグなんかよりずっとずっと優しくて。
 
 
 
(――――ああ)



 知ってる。
 
 
 


「士郎」

「んー? 」

 ごそごそと冷蔵庫を覗き込む少年に、
  
「――――ありがとう。君がいてくれて、よかった」

 大切な思いを、一言、口にする。

「…………」

 告げられた感謝に、士郎は顔を上げて振り向いた。珍獣でも見つけたかのような表情で、恐る恐る尋ねる。
 
「どうしたんだよ、急に」

「うん。まあずっと士郎には感謝してるんだけど」

 そう、彼はずっと感謝していた。全てを失い迷い歩いたあの災厄の中で、それでもたった一人生きていてくれた命。その存在そのものに、彼はどれだけ救われたのか解からない。その感謝を伝えるには、きっと万言を尽くしてなお足りなかった。
 それでも。
 
「たまには口に出して、ちゃんとお礼を言わなきゃいけないと思って」

「……ふーん」

 納得できない、といった様子で眉を顰めていた士郎は、再び彼に背を向けた。そうして彼の見えない所で、照れくさそうな顔をしながら、
 
「じゃあ、まあ――――どういたしまして」

「うん」

 最後に牛乳をしまい込み、冷蔵庫の扉を閉める。少しばかり大きな音を立てたのは、背中をはしるむず痒さを振り払うためだったのかもしれない。
 彼に顔を見せぬまま、士郎は林檎を片手に流し場へと向かう。そうして包丁を手に取ると、慣れた手つきで皮を剥きながら、
 
「――――そうだ。感謝してるってんならさ、頼みを一つ聞いてくれよ、爺さん」

「? 何か欲しい物でもあるのかい? 」

 薄く繋がったまま剥かれていく林檎の皮を見ながら、意外そうに彼は問うた。こんなことを士郎が言うのは、珍しい事だ。
 だからこそ、大抵のものならば用意する意思が彼にはあった。けれどそんな彼の前で、士郎は器用に林檎を剥きながら「いいや」と否定する。
 
「欲しいものなんて、別に無いよ。そうじゃなくて、晩飯が終わったら久しぶりに鍛錬に付き合ってくれないかなって」

「鍛錬……魔術かい? 」

 僅かに、彼は声を硬くした。正直、彼は士郎に魔術を覚えて欲しくなどなかった。いや、自分のようにだけはなって欲しく無いと言ったほうが正しいか。
 
「……いや、別に魔術じゃなくても、さ。役に立つコトなら、何だって教えて欲しいんだけど――――」

 彼の異変を悟ったのか。取り繕うように士郎は言った。そんな士郎の様子に一抹の罪悪感を感じながら、その感情を封じ込めるように彼は瞼を閉じる。
 
「役に立つこと、か」

 そして、彼は思考する。与えられる知識と技術。自身がその営みの中で得てきた、それらのことを。

 知ってほしいことは、沢山あって。
 
 教えてあげられることは、少なくて。
 
 その中から、覚えて欲しくないことを除けば、彼が息子にあげられるものなどほんの少ししかなかった。
 
「…………」

 さてどうしよう、と考えていた彼の瞼の裏に、不意に一人の女性の顔が浮んだ。白い、雪のような女性だった。かつて誰よりも彼を理解し、誰よりも彼を愛し、そうして彼が裏切ってしまった、彼の妻。
 
「ああ、そうだ」
 
 そうしてようやく、思い出す。不機嫌そうにむくれる娘の顔。『キリツグはずるい』と怒る彼女を、笑顔で宥める妻の姿を。永遠に失われてしまったその光景は、彼にとっても、最も確かな形として残った幸福の姿だったに違いない。
 それは決して、士郎が望むような役に立つことではなかったけれど。

 
「ねえ、士郎」

「ん? 」











「君は――――クルミにはいろんな種類があるって、知ってるかい? 」













 ぷつり、と切れてしまった林檎の皮を見て、彼は微笑した。
 それは遠い昔、娘の元に置いて来た父の笑顔だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 ――――過去は遠く、未来は彼方。失われた時は戻らず、彼が彼女に再会する日など永遠に来ない。
 
 けれど、もしも。
 
 もしも、どこかに、そんな世界があったとしたら。
 
 鏡合わせの世界のどこかで、再び彼と彼女の運命が交わるというのなら。
 
 
 
 
 
 『さあ、しゅっぱーつ!』
 
 『ヤーヴォール!』
 
 
 
 
 
 ――――胡桃が芽吹く頃に、また、会いましょう。









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