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天天最終話
2008-04-14 Mon 03:34
 


 かくて、彼は宿敵を斬り捨てた。



 跡に残ったものは、黄金よりもなお眩いものだと、信じた。




















「――――!」

 正しくこの剣霊の右片手平突きは砲弾であった。胸骨を砕き、刀の鍔までもが肉に埋もれていく。

「ゴ――――!」

 アサシンの細身が、こらえることすら許されずに吹き飛んだ。視界の隅に映る風景が、高速で前へと流れていく。遠ざかっていく視線の先に、アサシンはしかと大地に立つ『セイバー』の姿を見た。
 臓腑の奥で錆びた鉄の臭いを感じるのと、地に叩きつけられたのは、ほぼ同時。大地に身体の側面を鑢がけられ、数メートル先でようやく停止することを許される。

「…………!」

 むせ返る血を飲み込み、震える身体に鞭打ってアサシンは身を起こした。
 その背からは、正面から貫かれた太刀が、墓標のように突き出ている。青に赤。群青の衣に、じわじわと浅黒い血の花が咲いていく。
 確認するまでも無く、致命傷である。英霊の身であっても、最早長くは保つまい。
 ここに、雌雄は決した。
 長い、長い石段を擁する山門は、ついに静けさを取り戻したのだ。






「……ぬ」

 かちん、とアサシンの腹から生えた柄の先が、地面を打つ。そこでようやく、彼は臓腑を貫いている刃の冷たさを感じた。それは身体の熱を奪い、魂までも凍りつかせるような氷のよう。
 霞む視界の中で、それでも目を逸らすまいとアサシンは『セイバー』を見る。
 一際目を引くのは、吹き飛ばされた瞬間手放した物干し竿であった。『セイバー』の身体から、だらりとぶら下がる五尺の長刀。その刃を伝い、どくどくと赤い血が地面に滴り落ちていく。

「ふん」

 つまらなそうに鼻を鳴らした『セイバー』は、長刀の刃を掴んだ。その長い刃を、一息では引き抜けない。ずるりと鋼を滑らせた『セイバー』は、長刀を掴み直し、ようやく身体の内より引き抜いた。

「ふざけた刀だ」

 投げ捨てられた長刀は、からんと物悲しい音を立てて大地を転がった。その刃に、最早煌きは無い。『セイバー』の血に濡れ、魂の朽ちかけた刀身は既に月光を映すことすらできずにいる。
 未だ折れていないことだけが、この果し合いの結末に顕現した最後の奇跡であったのかもしれない。
 その物干し竿を、しばし見つめた『セイバー』は、


「いや。ふざけているのは、この結末……か」


 心底忌々しそうに、呟いて。








「――――――――ぬしの勝ちだ、アサシン」







 ぐらりと大きくよろめき。
 
 二つの天が、大地に沈んだ。







 
 ―――――この果し合い。敗れたのは剣霊であった。

「ぐ、ぬ」

 硬い路面に頬を擦り、『セイバー』は無理矢理体勢を立て直した。一瞬でも長く立ち続けたのは意地であり、伏せたまま消えることを良しとしなかったのは、剣士としての矜持であった。

 どっかりと地面に胡坐をかき、奥歯を噛み締める。


「口惜しい、な」

 
 この結果、傍から見れば相打ちだろう。『セイバー』の突きはアサシンの核を粉砕し、アサシンの円の太刀は『セイバー』の核を断った。
 それは、確かに事実であった。だがその事実には、足りないものが1つある。アサシンは武蔵の核を断つより以前に、二天を斬り伏せているのである。
 彼が仕留めたのは、アサシンのみ。対してアサシンが斬り伏せたのは―――――最早言うまでもあるまい。
 二天が愚かと叱りつけるのも当然だった。そも秘剣発動を容認した時点で、『セイバー』に勝ちは無かった。
 突きを放てた時点で、アサシンを仕留められることは分かっていた。だから後は、二天とアサシンの“相打ちだけで済ませる”ために、彼の長刀が核に達するより速く、相手を突き飛ばさねばならなかった。
 だと、いうのに。

「凌げると……思ったのだが、なぁ」

 アサシンの剣は、速かった。ただその単純な事実の前に、“武蔵玄信”は敗れた。この戦いの敗者は、唯一彼のみだった。
 
 
「許せ、二天」


 正中線にまで達した傷口を押さえ、彼は謝罪を口にした。あの日より今日まで、二天が連綿と積み上げてきたもの。天下無双は、今日で廃業だ。
 今は彼等の傍らで、肩を並べる男がいる。彼等と同じ高み。あるいはそれより一段高い場所に、一人の剣士の姿がある。

 アサシン・名無し。ただ速く、ただ強い剣士だ。

 けれどその謝罪は、そんな剣士に敗れてしまったことに対してではなく。

「損な役回りを、押し付けた」

 ―――――楽しかったから、まあ、良いか。

 それだけで敗北を飲み込んでしまいそうな、その心をこそ、彼は許して欲しかったのかもしれない。













「―――――異なことを言う。そなた達は二人で一人。それが二天ノ一と言ったのは、そなたであろう『セイバー』」

 青白い顔に笑みを浮かべ、アサシンは言った。
 勝利と敗北、そんなことは彼にはどうでも良かった。元より勝敗に拘るつもりは、無い。最高の技をもって、最高の敵に挑む。その目的の後に訪れた勝利と敗北は、アサシンにとって蛇足である。

「私は二天たるそなたたちを斬り、そなたも私を討った。ならば良い所、痛み分けであろうさ」

 地に転がる鈍色の長刀をちらと見て、彼はそう結論付けた。
『セイバー』を斬り、
『セイバー』に斬られ、
 そうして刀は折れなかった。
 ならばもう、拘るものなど何も無い。
 最良でなかろうと、最善は尽くした。ならばこの結末に、一片の未練もあろうはずがなかった。
 穏やかな顔に微笑を刻むアサシンに、

「痛み分け、などと口にするなアサシン」

 心外そうに、吐息を1つ『セイバー』はついた。その表情に、既に悲壮感は無い。
 敗れたはずの男は、飄々と。

「……少なくとも、儂がぬしと“分けた”ものは痛みなどではない。無粋だぞ、アサシン。こういうときはせめて、引き分け、と言うものだ」

「―――――ハ」

 あっさりと敗北を撤回した『セイバー』に、アサシンは思わず破顔する。しかしなるほど、確かに今のは全くの無粋であった。
 ―――――鳴いた烏がもう笑う、とは言うが。

「不敗は難儀よな、『セイバー』」

 それもまた、この剣豪の“強さ”なのだろうと、そんなことを思う。アサシンが身につけられぬ強さ。身につけようとは思わぬ強さ。それがきっと、この英霊にはあった。
 確固たるもの。形無きもの。苛烈にして、穏やかなもの。
 相反するそれらを、あえて表現するなら。

「『セイバー』」

 あの時、必殺の円を受け止めたモノは、一体何だったのか。
 そう問いかけたアサシンは、

「……無粋、よなぁ」

 それは勝利と敗北と同じ。どうでもよいことだと思いなおした。
 剣士は、剣で語ればよい。空手となった今では、語るべきも問うべきも無くなったということ。
 
「…………」

 何より今は、その身を包む心地よい充足に、静かに身を委ねて居たかった。













「…………ぐ」

 瞑目するアサシンを見据えながら、『セイバー』はゆっくりと立ち上がった。ふらつく身体に活を入れ、緩慢に歩を進めていく。
 向かう先は一点―――――地面に転がる物干し竿の下である。

「本当に、ふざけた、刀だ」

 拾い上げ、月の光にかざし、改めてその刀身の長さに瞠目する。花を散らし、燕を斬り、風を討ち、月を堕とす。五尺とは、つまるところ天地に届くために必要な長さであった。
 朽ちかけた刀は、この果し合いにおいて、紛れもなくアサシンの枷であった。最後の瞬間、円の太刀を止められたアサシンは、自重を加えることをしなかった。刀に身を預ければ、あるいは『セイバー』を両断できたやもしれぬのに、だ。
 
「難儀なのは、貴様のほうだろう。アサシン」

 折れはせぬし、折らせはせぬ。
 それは何者にも縛られる事の無い男が抱いた、たった一つの誓いだったのだ。愚かな話だと、『セイバー』は思う。刀とはただの鉄だ。それを振るう事に意味はあっても、刀自体に価値は無い。

「―――――いや。それもまた、仕方なしか。どれほど剣に生きようと、剣のみでは生きられぬ」

 剣のみで生きることができたら、どれほど楽な事だろう。けれどそれは、決して叶わぬことだった。彼等は剣士であり、殺人鬼足り得なかった。
 どちらも人でなしであることに異論は無い。倫理は希薄で、道徳は虚ろ。剣を愛したその先に、数え切れぬほどの骸を積み上げた。そのことに、何の痛痒も無いのだから。

 それでも、彼等は剣のみで生きることができなかった。

 心の片隅に、時折ひょっこりと顔を出すものがある。酔狂、誇り、意地。余人には決して理解できぬもの。そんな剣士の枷は、しかし魂と同義であった。
 群青の侍が“興が乗る”と表した其の心持は、

「ああ確かに―――――難儀よなぁ」

 彼等を剣士(かれら)足らしめる、折れず折らせぬ、矜持という名の譲り得ぬ一線だった。





「フッ!!」



 
 長刀を逆手に持ち替えた『セイバー』は、躊躇も見せずにそれを振り下ろした。月下、甲高い音が周囲に響き渡る。

「…………」

 希薄となった意識にも、それは届いた。ゆっくりと目を開けたアサシンは―――――その視線の先に、路面に突き立つ長刀の姿を見た。
 舗装された路面は、岩と同じである。朽ちた刀を折ることなく突き立てた『セイバー』の技量は、瞠目に値しよう。

「――――ク」
「――――カ」

 しかし彼等にとって、それは何ら驚くべきことではない。技量なぞ関係ない。例え年端もいかぬ子供がやっても同じこと。

「――――訂正しよう。ぬしは大した刀だ。そして果報者だ、貴様の刀匠(マスター)は」

 この贋作はこの世でただ一振り、二天ノ一を斬った刀だ。この程度では、決して折れぬ。まもなく彼等の現界が解けようとも、この刀だけは残り、やがて石段より下ってくるだろう作り手の内へと還っていくのだろう。

 それで最後の力を使い果たしたのか、『セイバー』は再びその場に座り込んだ。その存在は、既に希薄。それはアサシンとて同じ事。二人の剣士は、物干し竿より一足速く、あるべき場所に還ろうとしている。

「…………」

「…………」

 薄れ行く陽炎たちは、無言で同じものを見上げた。空と、月。思えば目指したもの、愛したものは同じく天にあったのだ。それは決して届かない、遥か彼方の夢幻である。
 アサシンと『セイバー』。彼等は共に、そこに至らなかった。けれどそれは、決して天の前に膝を屈したわけではない。

 ただ、少しだけ。
 ほんの少しだけ、人の身では、刻が足りなかっただけのことだ。



















 ―――――最期の瞬間、天を仰いで「遠いな」と呟いたのはどちらだったのか。「ああ」と頷いたのは、果たしてどちらであったのか。



 花が散り、鳥が眠り、風の止んだその場において、それを知るものは無論なく。




 真実を知るのはそれこそ、変わらず空に浮ぶ月だけだったろう。

 
 
  






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天天29
2008-04-13 Sun 03:23




 剣に生き、剣に捧げ、剣に死んだ。
 父母を敬う心をもって剣に服し、他者を愛する心をもって剣に寄り添い、子を慈しむ心をもって剣に尽くした。
 ならば、果たして。
 果たして、剣が、彼等に与えたものとは――――



















 後に残ったものは、互いに一振りの刀と、剣に捧げた時間だけ。秘剣も二天も、何もかも剥ぎ取られた丸裸の自分しかなかった。
 
 上等である。

 剣さえあれば、まだ、生きていける。

「――――お」

 身体が、軋む。間合いへと踏み込んだ『セイバー』は、大きく肩を捻っていった。鋼のような筋肉がその瞬間柔軟なゴムと化し、膂力を蓄積していく。
 やがて来る限界。がきん、と銃弾が装填されると同時、アサシンの長刀が再び『セイバー』の内を突き進み始めた。
 
「――――ジャッッ!!」

「お、お、お――――オァアアアアアアアアアアア!!」

 長刀が振り落ちる。同時に放たれた一撃は、紛れもなく『セイバー』が円明流最強と信ずる一刀だった。二天ノ一最速にして最長の間合いを誇る――――右片手平突きがそれである。


 ――――どれだけの時間を、剣に捧げただろう。


 剣を振った、剣を振った、剣を振り続けた。その結末が、間もなく訪れる。
 この先にあるのは、究極の自己肯定であり、否定。勝てば剣に捧げた時間の全てが意味を持つ。負ければ全てが色を失い、朽ち果てる。
 それは、反吐を吐くほどに心臓を締め付ける、極限の一瞬。
 月の光が、彼等の顔を照らしていた。笑っている。この瞬間にあって、優雅に、そして豪快に、二人の剣士は愉快そうに笑っていた。
 目線は決して逸らさない。互いの瞳に、同じものを見る。それは、はちきれんばかりに満たされた剣士(おのれ)の顔であった。

「――――ク」
「――――カ」

 そう、ずっとずっと、これが欲しかった。己と並び、立つ者。他に欲しいものなど、何も無かった。
 錆び臭い血反吐にまみれた金剛石は、きっとこの世で最も硬く、美しいと信じていた。
 それを信じ続けたからこそ、剣を振った。雨に打たれ、日に曝され、肩に雪を積もらせて剣を振り続けた。
 あの時間の全ては、ただ一瞬でも速く目の前の男に、己の剣を叩き込むためにあったのだと、そう信じられる瞬間。



 ただ、ずっと。



 そんな瞬間が、来ればいいと――――




 
「――――!」

「ア、サ、シィィィィィン!!」

 



 剣に生き、剣に捧げ、剣に死んだ。





 その報酬、ここに貰い受ける。





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